【Vanishing Twin3】
意識が浮上する感覚。
あ、まただ。と思うと同時に聞こえてきたのは、自分しか知らないはずの名前を自分以外の他人が呼ぶ声で。しかもどうやらその人物は兄と間違えて自分を呼んでいるらしい、ということがわかってからは混乱した。
疑問符が頭を駆け巡り、次いで思ったのはなんで、だった。
夢の中でしか姿を見たことがなく、実際に言葉を交わしたこともない片割れ。彼に会いたい。それはクダリの唯一の願いであるのに叶えられたことは未だなく、けれど現実的に考えてそれは不可能なんだということは頭ではわかっていた。
しかし今兄を呼ぶ声は彼を知っている様子で、しかも自分を呼んでいる。もしかして、だとかそうだったらいいな、なんて考えし尽くした可能性に光が差して、期待に心が揺れる。
最後に自分が行動してからの記憶の欠落さえ厭う余裕さえなく、ノボリを呼ぶクラウドにクダリはしがみついた。
「なんで、クラウドが、ノボリを、知ってるの」
絞り出すように呟けば、クラウドがしまった、というように目を見開き、焦りの表情を浮かべた。
クダリは頬を伝う涙をそのままに、言うまで離さないと言わんばかりにきつくクラウドの制服を握り締める。
ここで逃がしたら絶対に後ではぐらかされる。そんな確信があった。
クラウドはそっと笑んで、クダリの手を取り制服から退けさせる。次いで静かにホルスターのモンスターボールを放った。
「シンボラー!サイコキネシス!」
クラウドの身体が浮き上がり、クダリに背を向けると瞬く間にその姿が小さくなる。
「は?」
あまりに自然な流れだったため、クダリはとっさに反応できなかった。驚きに見開かれた目からはただただ涙が溢れ、ぽかんと開いた口からは間の抜けた声しか出てこなかった。しばらくして気づいたのは、逃げられたのだということだった。
途端、クダリの面差しがバトル時のそれに変わる。
「逃がさないよ」
涙の跡はそのままに、両の手をコートへ入れると内側からボールを二つ取り出す。
日頃シングルとダブル、マルチ全ての砦を勤めるため特別に所持を許されているクダリの手持ちは全部で12体。内活躍の場が多いためにシャンデラとオノノクスのみ2体ずつ連れている。
そんなクダリが選んだのはシャンデラ2体。赤い閃光と共に現れた2体は普段は同時に呼ばれることがないため戸惑っていたが、クダリの切羽詰まった雰囲気にすぐさま気を引き締めた。
「シャンデラ、サイコキネシス。クラウド、追いかけて」
「あんれぇ?クラウドさん、そんなに急いでどうしたんです?シンボラーまで出して」
丁度角を曲がり、一度地面に降りたところでクラウドはトトメスに呼び止められた。傍にラムセスもいるところを見ると、これからダブルトレインに乗車するところだったのだろう。
「あー、トトメスにラムセス。ちと頼みがあんねん」
「なんでしょう?あ、内容にもよりますけど」
さらりと返したトトメスの言葉にクラウドは呆れたようにため息を着く。
「おま、それが先輩に対する態度かい!まあええわ。とにかく、もしボスが通りすがったらわしのことは見んかったことにしといてくれ、頼んだで」
「まあ、それくらいなら」
「一体どうしたっていうのさ」
「すまん!訳は話せん!とりあえず頼んだで!」
ラムセスが不思議そうに首を傾げるも、言い終わらないうちにクラウドはシンボラーを従えて再び走り出してしまった。そして角を曲がってすぐに見えなくなる。
「ボスと何かあったのかね」
「な。すごい慌てようだったのさ。でもまぁ、クラウドさんの頼みだし、ここはうまくはぐらかして…」
次の瞬間、凄まじい勢いの風圧と共に白い影が通り抜けたと思ったら、それは同じ速さで戻ってきてトトメスたちの隣で止まった。
「今、クラウドって言った」
びくりとトトメスとラムセスの肩が跳ねる。聞き覚えのある声のはずなのに、あまりにその声音が低すぎたせいだ。二人はまるで壊れかけたブリキ人形のように首を巡らせた。
「クラウドって、言った」
そこに立っていたのはクダリだった。両脇にシャンデラを従えて、サイコキネシスを使っているのかその姿は仄かに薄紫色の光を帯び、数センチ程地から浮いている。しかし何よりクダリが湛える眼光の鋭さに、二人は思わずすくみ上がった。
いつもなら笑みを浮かべているその顔は無表情で、普段のボスはどこへ行った、と二人は頭を抱えたくなった。一体何があったんですかクラウドさん。
無言のまま威圧してくるクダリに、知らないと答えようとしたラムセスは、ふとあることに気づいて首を傾げた。
「あれ?ボス、その顔どうしたのさ」
眼光の鋭さばかりに気が行ってすぐには気づけなかったが、クダリの目元は赤くなっており、頬には涙の後が残っていた。
まさか、とトトメスが恐る恐る口を開く。
「もしかして、原因はクラウドさんだったり?」
「う」
その瞬間、先程までの迫力はどこへやら、何かを思い出したのか今にも泣きそうにクダリの顔がくしゃりと歪んだ。「同僚を守る」と「泣きそうな上司」を乗せた天秤は、いとも簡単に傾いて、
「「あっちです」」
何の躊躇いも無く、トトメスとラムセスの二人はクラウドが消えて行った曲がり角を指差した。
「うん…二人ともありがとう」
ずび、と鼻水をすすりながらクダリが礼を言う。クラウドを追いかけようとして、しかし何かを思い出したようにくるりと二人へ振り返った。
「そうだ、これから15:50分発のダブルトレインなんだけど」
「ええ」
「なんでしょう」
「絶っ対に誰も通さないでね」
頼んだよ!といつものように笑ったクダリの顔はしかし、目だけが笑っていなかった、と後にラムセスは語った。
クラウドを追って今度こそクダリが曲がり角の方へと姿を消すと、二人は内心クラウドへ向けて合掌した。