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【Vanishing Twin2】

 部屋を出、シングルトレインホームへと向かいながらクダリはため息をついた。最近はどうも気分が沈みがちだ。良くない釣行だと思う。
  頭に浮かぶのは、兄のことだった。命日が近いからだろうか。毎年この時期になると、墓参りに行かねばと気は募るばかりだが、今のところ実際に行けた事は一 度もない。いよいよという時になると体調が悪くなったり、あるいは無意識に自分で仕事の予定を詰め込んで、気づいたら身動きが取れなくなっている。
 「意気地無し」とクダリは自分自身を叱咤する。分かってはいるのだ。自分が改めて事実を突きつけられる事に怯えているのだという事は。

 それ程にはノボリの存在はクダリにとって大きなものだった。いまいち彼の死というものを認めたくないのには理由がある。
  ただの願望の表れかもしれない。けれどクダリはたびたびノボリの夢を見た。それは大抵、起きると記憶が曖昧になってしまったが、ノボリが出たとわかる夢の 後は、いつも幸せな気持ちだけが残った。内容を覚えている時でもそれは同じで、自分と全く同じ顔をした、けれど少し口角が下がり着味の彼はいつだってクダ リに優しかった。夢の中で彼はいつだってクダリの愚痴を聞いたり、他愛のない話に付き合ってくれるのだ。
野放しに自分との関係を築いてくれる相手というのは誰にとっても貴重だ。クダリにとってはノボリがまさにそれだった。
 そんな存在のノボリの死を認めるというのは、存在自体を否定してしまう気がして、クダリはどうしても嫌だった。

「なんだかなぁ。と…」

 いつの間にやらシングルトレインホームに着いていた。無意識の内にため息がもれた。実はもう一つ、ここ最近の悩みがある。
 シングルトレインに乗車すると、記憶が抜け落ちる事がままあるのである。






「気ぃ付いたらバトルは終わってて駅のホームやって?」

「うん、そう。前までもちょくちょくあったんだけどここ最近頻度が多くて」

  とりあえず、鉄道員の中では付き合いの長いクラウドに聞いてみた。どうしたのかな?と首を傾げれば、クラウドは少し考える仕草をした後にクダリに尋ねた。

「ちょいと質問なんやけど、そのバトルの間の記憶が飛ぶ言うんはボスが疲れてたり、なんや悩みがあったりするときやったりせえへん?」

 クダリはぱちりと瞬いた。

「そういえばそうかも」

  そ の答えにクラウドはやはり。と軽くため息を着く。それは十中八九ノボリに違いない。クダリが以前、シングルよりダブルが好きだとこっそりこぼしていた事も 知っている。ならば自然、仕事だと割り切りつつも、気持ちではシングルに対して苦手意識や精神的疲労に直結する所はあるのだろう。
  ノボリはそれを敏感に感じ取っているに違いない。そうしてクダリの負担を少しでも減らすためにおそらく暗躍しているのである。弟思い、というよりもそれは過保護を通り越してブラコンの域に達しているのではないかとクラウドは思った。
急に黙ってしまったクラウドに、クダリは訝しげな視線を送る。

「どうしたの?クラウドは何かわかる?」

 その声に我に帰ったクラウドは、ぶんぶんと首を振った。

「いやいや!んな症状聞いたことあったかなて記憶探ってたところや!けど思いつかんかった。すまんな、わしにもわからへん」

「そっか」

 残念そうに肩を落とすクダリに申し訳なさでいっぱいになるが、まさかお前の死んだ兄が原因ですなどとは口が裂けても言えない。

「しゃーない!ほら、ここんとこ徹夜続きやったし疲れてるんや!そんな気にすんなて!バトルビデオ見る限りじゃきちんとバトルできてるやんか。な?」

  見た目ではまだ納得いかない、という顔をしつつも、クダリはそうだね、と言って力無く笑った。その顔に良心が痛まない訳ではなかったが、ノボリのことを話 したからといって事態が好転するとも思えない。むしろこれまでのクダリがノボリを語る時の口ぶりからして何かよくない方向へ転がり落ちてしまう気がしてと てもじゃないが口にする気にはなれなかった。
 一度ノボリときちんと話をする必要がある。そう思ったクラウドだったが馬鹿正直に彼を呼ぶ訳にはいかなず、ましてやいつでも好き勝手に表に出てこれる訳でもない。
 クラウドは根気よくノボリが現れるタイミングを待つことにした。





 しかし幸いにも機会は割とすぐにやって来た。
 ある日の休憩時間のときである。世間では休日のせいか、バトルトレインの人気も上々、割と混んでいた日のことだ。
 余程クダリに疲れが溜まっていたのだろう。職員専用通路で一般鉄道員に書類の確認を請われている所を見つけた。
その時クダリはもともとの効き手である左手で缶コーヒーを飲んでいたのだが、鉄道員に呼び止められ、仕事の話が始まった途端に若干表情が変化し、更には書類にサインする手が右手になっていたのをクラウドは見逃さなかった。
 彼らが去ってから、クラウドは足早にクダリに近づいた。

「ノボリ」

「おや、お久しぶりですクラウド。よくわかりましたね」

「当然や、意外と違う所が多いで。お前さんたちは」

「それは手厳しい。で、どうされました?」

きょとりと軽く首を傾げるノボリ。

「簡潔に言うで。もう勝手に外に出て来るなや」

何かあると思ったのか、ノボリは無表情にクラウドへ問うた。

「一応、理由を聞いておきましょうか」

「ボスがここんところ記憶の抜け落ちについてめっちゃ悩んどる。あんた、頻繁に出て来すぎやないか…それはボスの体いうこと忘れてないやろな」

 それを聞いてノボリは気に食わないと言わんばかりに露骨に顔をしかめた。

「な らばこちらも言わせていただきますが、あなた方はちゃんとクダリの事を少しでも気にかけているのですか、私はそうは思いません。そもそもサブウェイマス ターというのはもともと二人一組で行う仕事ではないですか。なぜすべてをクダリに背負わせているのです。正直、クダリの仕事量は半端ではありません。トレ インでのバトルが多いあなた方を思ってできる限りあなた達への負担を減らそうとしているんでしょうね」

 そこでノボリは一息つくとため息をつく。

「で すがさすがに心身共に疲れすぎています。いつ体を壊してもおかしくない状態ですよ。サブウェイマスターにしかできない仕事があるのもわかりますが、内容を 見てるとあなた方でも問題なさそうなものも多々あります。クダリは優しい子です。あなた方はその優しさの上に胡座をかいているのではないですか。実際、普 段でも自分にできることはないかと声をかけてくれるような部下は居ませんよ、貴方を含めてね」

 ノボリの眼は静かに怒りを湛えていた。クラウドは半ば事実とも言えるものに返す言葉がない。
 確かに軽く手伝う程度の事はしても、指示が出た仕事にしか手をつけなかったように思う。

「クダリの悩みが記憶の欠落だと言うのなら、私が出る必要の無いようにクダリの負担を減らしてください」

 突き詰めれば悩みの原因を作っているのはあなた方です。と、ノボリは言う。

「だいたいあなた方は…」

 そこで急にノボリはふらついて、眩暈でも起こしたのか倒れこみそうになる。

「ノボリ!」

 クラウドは思わず手を差し伸べて地に伏しそうな体を抱きとめた。

「どうしたん!ノボリ!」

「なん、で…」



「なんで、クラウドが、ノボリを、知ってるの?」

 誰にも名前なんて言った事はない。クダリは抱きとめられた体勢そのままに、クラウドの制服を握りしめて咎める様に睨む。彼の瞳から、大粒の涙がぽろりと零れた。

2013/12/02

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