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【Vanishing Twin4】

 クラウドはトトメスとラムセスの二人と別れた後、今は閉鎖されているマルチトレインのホームへと滑り込んだ。長い階段を駆け下りて、駅のホームへと降り立 つ。線路が整備途中の為、工具や資材がホームの所々に積まれている。それらの横を通り過ぎ、そのままホームの端まで行き着いて、梯子から線路へと降り立っ た。

 

(なんでこんな必死にボスから逃げてんのやろ)

 

 自問自答 して、深くため息をついた。そもそもなぜ自分がこんな目に合わなくてはならないのか。ノボリがクダリには黙っているようにと言っていた事を以前程気にして いる訳ではない。むしろクダリのこんな状態が続くようなら話してしまった方がいい気がしてきた。そして当人同士二人で話し合ってもらって成仏でも何でもし てもらえば良いのだ。そこまで考えて、それでもなぜ逃げているのかと言えば、どうという事はない。答えは明確だった。

 

(キレたボスは手がつけられんくらい怖いから関わりたくないんや!!)

 

 ただその一点に尽きた。

 出来ることならしばらく逃げて、翌日に少し熱が冷めたくらいのタイミングを見計らってさり気なく朝の挨拶を交わし合うのが望ましい。クラウドは以前手のつけられなくなったクダリの事を思い出して身震いした。

 クダリは基本的に、滅多な事では怒らない。もちろん部下が失態を犯した時や少々困る客がいた時には叱る事はあるがそれとは別物だ。普段の明るく無邪気な雰囲 気からは想像できないが、意外にも子供の様に感情に任せて当り散らすようなタイプでは無い。しかし一度箍が外れてしまうと相手が泣き出すか折れるかするま で冷静且つ容赦無い理詰めと言葉責めが始まる。その上そういう時にはだいたいクダリ自身に落ち度が無い為、逆に言い負かす事はおろか言葉で落ち着かせるこ とすら難しい。

 そんなクダリを泣かせた。不可抗力であったとはいえしょうがないでは済まされない。あのクダリが感情的になっているのである。普段の事を鑑みればこの後自分がどうなるかなど想像に難くない。今後の自分に降りかかる不幸を思ってクラウドは身震いした。

 

 

 

 しばらく走っていると、途中から自分の足音以外の音が交じるのがわかった。クダリも先程のクラウドと同じようにサイコキネシスを自分に使ったのだろう。その余波なのか、その風圧に煽られた様々なものが飛ばされる音のようだった。

 

「あんのやろう、口軽すぎやろ!」

 

 クラウドはトトメスとラムセスの二人を思い浮かべながら悪態を吐く。追い縋った速度からすると、おそらくクラウドが走り去った後すぐにそのまま行方を暴露し たに違いない。嫌な予感がしてクラウドは今のうちにとシンボラーをボールへと戻した。我を忘れたクダリとのポケモンバトルだけは避けたい。さすがにクダリ も丸腰の人間相手には物理的な危害は加えないだろう。

 走る内に、だんだんと後ろから聞こえる音が大きくなる。

 風圧に煽られて崩れたであろうホームの機材の音が後方からけたたましく響き渡った。

 あまりの音にクラウドは反射的に首をすくめて後ろを振り返る。向かってきた強風に思わず目を瞑れば、

 

「つーかまえた」

 

 低く静かな声が耳元から聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃあああああああああああ」

 

 反射的に悲鳴が漏れた。

 

「クラウド、うるさい」

 

 それは不機嫌なクダリに無遠慮に口を塞がれるまで続いた。しばらくは訳が分からず暴れていたが自分の顔を掴んでいるのがクダリの手である事に気づき、クラウドは落ち着きを取り戻した。しかし顔を掴まれて息ができず、苦しげにクダリの腕をばしばしと叩き、手を離すよう促す。

 

「もう逃げない?」

 

 不機嫌さを隠しもせずにむっすりと呟くクダリを前に、クラウドは身の危険を感じて夢中で頷く。

 意外にもあっさりと手を離したクダリは、両脇にシャンデラを従えたまま数歩下がってクラウドを睨めつけた。

 

「それで?どうしてクラウドがノボリの事知ってるの」

 

 来るとわかっていた質問に、どう答えて良いのかが今更ながらわからない。クラウドは押し黙ったまま、ただただ気まずくて自分の足元を見つめた。ノボリとの約 束を守るか、いっそ他の人間に聞いた事にでもするか、様々な考えが思い浮かぶ。さてどうしようかとちらりと目線を上げたところで、瞳に涙を溜めたクダリと 目が合った。

 

「そんなにぼくには言えない事なの?それは………それは、ノボリに口止めされてるから?」

 

 その言葉にクラウドははっと息を飲む。

 

「なんでクラウドがノボリの事を知ってるのかも、ぼくの事をノボリと呼んだのかも知らないよ。自分の身体の事だからなんとなく予想はつくけれど、答えられないならそれでもいい。けどこれだけは教えて」

 

 そこでクダリは一度口を噤み、ややあって意を決したように呟いた。

 

「ノボリは、ぼくを恨んでた?」

 

 その一言で、クラウドは何もかもを話す事に決めた。秘密がなんだ。訳が分からずに一番苦しんでいるのはクダリではないか。全てを話した後でどう転ぶかも、決 めるのはクダリだ。ノボリはきっと、盲目的にクダリを思うあまり、クダリの気持ちに気付けていない。彼はただ、心の拠り所としてきた兄の事をおそらくは知 りたいだけなのだ。しかしノボリは、自分だけが苦労する事でクダリを守ることが出来るのならそれで良しとしている。だからこその他者の拒絶だった。でなけ れば二人は、二重人格者として表立って振舞っていただろう。

 クラウドは心を決めて、しっかりとクダリを見据えた。

 

「それは違う」

 

 ノボリのクダリに対する真剣さを思い出す。

 

「やっこさんは誰よりもクダリ。お前さんの事を心配しとった」

 

 困ったように苦笑する。

 

「むしろわしがめっちゃ怒られたな。なんでクダリにばかり仕事を押し付けるん、誰も気配りできてへんてわしら鉄道員の事叱られたわ」

 

「……ほんとに?」

 

「ここまできて嘘は言わんわ。なんならノボリに聞いてみたらええ。ノボリは……ノボリはお前さんの中におる」

 

「…う」

 

「う?」

 

「…うっ、うわあああああああああん」

 

 クダリは泣いた。それはもう盛大に。暗いトンネル内に反響してさらにうるさく響いた。今まで黙って心配そうに事の成り行きを見ていたシャンデラたちも、主人の様子に狼狽えてしまっている。

 クラウドも慌てた。まさかクダリがこんなに泣くとは思っていなかったし、状況からしてどう考えても自分が泣かせたようにしか見えない。キレたクダリに酷い目にあわされる事はなかったが、逆にこれではクダリを慕う鉄道員仲間に自分が叱責を食らう。

 

「ボ、ボス!こないな所でそんなに泣いたらあかんて!サブウェイ中にボスの泣き声が響き渡ってまうで!わしが紅茶入れたるから執務室行こ!な!」

 

 サブウェイ中にと聞いて、クダリの泣き声がぴたりと止む。まだ少々しゃくりあげながらも、小さくこくりと頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で…なんでクラウドはノボリの事知ってたの」

 

 先程のセリフをクダリは繰り返す。

 

 

 

 

 執務室に着いてから、クラウドはすぐに二人分の熱い紅茶を淹れた。加えて食器棚から数点、クダリが休憩用にとストックしてある菓子を一緒に持ち出す。

 簡易台所からお茶のセットを持って部屋に戻った時には、こんな時でも仕事の書類に目を通すクダリを見つけて苦笑を漏らした。

 

 クダリはクラウドが部屋に戻ったのを視線だけで確認し、お茶の用意が整うと再び質問の答えを促した。

クラウドは来客用の椅子に腰を下ろし、両手を軽く上げて降参のポーズをとる。

 

「さっきの繰り返しにはなるんやけど、ノボリはお前さんの中におってな…ノボリから直接聞いたんや。わしにはそれが二重人格なのか、ほんとにノボリがお前さんの中に同居してるのかは分からんけどな」

 

 それで急に倒れたからついノボリの方を呼んでしまった。

 そう答えれば、クダリは小さく、そう、とだけ返してそれきり黙ってしまった。先程までの強気な態度は何処へやら。しばらく紅茶を啜る音と菓子をつまむ音だけが部屋に響く。また泣き出すのではないかとはらはらしていたクラウドだったが、幸いにもそれは杞憂に終わった。

 紅茶と菓子をつついて落ち着いたのか、次に口を開いた時にはすでにいつものクダリだった。

 

「あー!もう!なんで黙ってたのかなー!こんなに悩んでたぼくがバカみたいだ!」

 

 手にしていた書類をデスクの上に放り出し、クダリはそのまま椅子にもたれかかって脱力した。その様子があまりにもおかしくて、クラウドはほっとしてつい笑みがこぼれた。

 

「…ノボリの相手してくれてありがとね」

 

「いや、わしはなーんも。叱られただけや」

 

 天井を向いたまま、クダリは笑った。

 

「にしても、ノボリはお前さんの中におるーなんてわしの突拍子もない話、信じるんやな。正直意外やった」

 

 クラウドの言葉に、クダリはのそりと起き上がる。

 

「そう?」

 

「てっきりもちっと現実味のある説明せいとか怒られるかと思た。例えばな、突然に、お前は二重人格やからお前からは直接聞いてない秘密を知ってしもたんやて言われたらどうする?」

 

「あー、まあ…推して知るべし?」

 

「せやろ?」

 

「うん。でも、さっきも言ったけど自分の身体の事だから…もしかしたら、とは思ってた。」

 

「そうなん?」

 

 クダリはこくりと頷く。

 

「昔ね、ほんとにちっちゃかった時。その頃ノボリは、ぼくと区別つかないくらい頻繁に表に出てたんだ。けどある日突然ぱったり。まったくコンタクト取れなくなっちゃった」

 

「なんでなん?」

 

「それはぼくにもわかんない。その時から今まで、ぼくは夢に見れた時以外にノボリとしゃべってないもん。だからてっきり、ノボリの事はぼくの妄想で、夢の中だけで会えるものなんだって思ってた」

 

「そうやったんか…」

 

「うん。だからクラウドに話聞けてよかった」

 

 今度話してみる。そう言ってクダリは憑き物が落ちたように、すっきりとした笑顔を浮かべた。

 

「いっぱい文句言ってやるんだから…!ノボリ覚悟!」

 

 そう拳を握り締めるクダリに、クラウドは苦笑した。クダリの傍に控えて心配そうに事の成り行きを見守っていたシャンデラたちも、安心したのか楽しそうに体を揺らす。

 落ち着いたところでクダリはさて、と先程放り出した書類を再び集めた。トトメスとラムセスには悪いが誰も通すなと伝えおいたから、余程のトレーナーが現れない限りはバトルで呼ばれる事はまず無いだろう。その間に書類をある程度処理しておかなければ。

 クダリはにっこりと笑って書類の山を半分、クラウドへと指し示した。

 

「チェックと修正、よろしくね」

 

 ある程度予想はしていたクラウドは、今回の件に関してこんなもので済むのならと快く了解の意を伝える。

 

「了解や、ボス」

 

 そして後日接する機会があるであろうノボリとの対面を想像してため息が漏れた。

2016/03/02

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