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【Vanishing Twin1】

 もし自分に生き別れの双子がいたら、そしてもし会えたなら、なんてのは誰しもが一度は想像するかも知れない。
 だがしかし、もし生まれる前に死に別れてしまっていたとしたら?





「ボスって今会いたい人とかっていますか?」

「どしたのカズマサ、急に」

 ギアステーションの執務室にて。クダリから業務の必要書類を受け取りに来たカズマサは、ふとそんなことをクダリに問うた。

「いやー、ボスっていつも忙しそうだし、かといって公休日にどこか出掛けてきたなんて話あまり聞かないし。普段どんな生活してるのかなー、なんてちょっと疑問に思ったり」

 カズマサが投げ掛けてくる疑問はいつもどこか、相手にとって答えづらいものを核心的に突いてくる。意図してでのことではないだろうがクダリは少し、そういった点でカズマサが苦手だった。答えにくいものならば、適当にはぐらかせばいいのだろうが嘘を付くのは苦手だ。

「うーん、そうだなー…」

 クダリが首をかしげ、どう答えようかと考えあぐねていると、執務室の扉がノックと共に開かれた。

「失礼しま…なんやカズマサ、ここにおったんか」

「あれ、クラウドさんどうしたんですか」

「どうしたっちゅうか、お前を探してたんや。ジャッキーに業務教えてもらうんやろ?めっちゃ探してたで。ボスから書類はもらえたんか?」

 それを聞いてカズマサはさっと顔色を変えた。

「そうだった、途中で道に迷って…ボスの部屋についたら安心しちゃいました…いってきます!」

 失礼しますー!と言いながらカズマサは大慌てで走り去っていった。その姿にクラウドは肩をすくめる。

「まったく。慌ただしいやっちゃ。はよ慣れてくれればええけどなー」

 その様子にクダリはくすりと笑った。

「方向音痴さえどうにかできたらね、きっと早いのに」

「言うなや」

 そう言ってクラウドは苦笑した。
 まるでアイアントの巣と言っても過言ではないギアステーションにおいて、方向音痴は死活問題である。その欠点さえなければ伸びるのに、と周囲はいつも思うのだ。彼が働きはじめてそろそろ半年経つが朝礼に間に合った回数など片手で足りてしまう。

「で、ボスはカズマサとなんの話しとったん」

 なんか困ってそうやったけど。そう切り返してきたクラウドにクダリは苦笑した。

「そう見えた?」

 自分でも気づかぬ間に顔に出てしまったのだろうか。

「カズマサにね、今誰か会いたい人って誰かいるのかって聞かれた」

「なんでまた」

「ぼくがあんまり出掛けてきたっていう話聞かないからだって。確かにその通りだったし…クラウドには前に話したと思うけど、ぼくには双子の兄がいたらしくてね。そのこと思い出しちゃってカズマサにどう答えようか悩んでた」

 そう言ってクダリはふわりと笑った。クダリには双子の兄がいたらしいのだ。
 らしいというのは親にしか話を聞いたことがなく、自身ではどうにも確かめようのないことだったからだ。まだクダリが母親の胎内にいた頃、彼女と双子は死 の淵 をさ迷った。そのとき、確かに胎内にいたはずの双子の内の片方が、跡形もなく消えてしまったのだ。それから母子の体調は回復。二人は死を免れた。双子の内 の片方の命と引き換えに。

 クダリが生まれ、幼い時から母親に常に言われ続けていた事がある。『私達の命はあの子に救われたの、その事を忘れないで』その言葉通り、クダリは顔を見たこともない亡き片割れの事を片時も忘れたことは無い。
 両親は、生まれてくるための身体を得られなかった子を思って、ならばせめて、と墓を建てた。墓石の下はからっぽ、という奇妙なその墓は、けれどもクダリ に とって大切なものだった。その反面、成長し、学生になって独り暮らしを始めてからは、一度も墓参りをしたことがない。怖かったのだ。
 いつのまにか、自分の中で大きな存在になっていた兄弟の死を認めてしまうのが今更ながらに怖くなった。クダリは思うのだ。本当の意味で彼は死んではいな いのではないかと。馬鹿にされてもいい、物心ついたときから時々ふと聞こえてくる声がある『貴方をいつも守っていますよ』と。

「ぼくはもし会えるなら、会いたいな。ぼくの、たった一人の兄弟に」

 クダリはそう言って、この話はおしまい。というように立ち上がった。

「そろそろスーパーシングルの時間だから、ぼく行くね」

 サブウェイマスターの証であるコートを羽織り、帽子を被るとクラウドが声をかける間もなく、クダリは振り返りもせずに執務室を出ていってしまった。
 だから言えなかった。事情は話してくれても、頑なに兄の名前だけは教えてくれないにも関わらず、クラウドは彼の名前を知っていること。

「ノボリは、あんたん中におるで…」

 実は何度か会ったことがあるということを。


 
 
 
 
 
初めに会ったのはある残業続きの夏の事だった。あれは、クダリが三徹ほどしていたときだったように思う。執務室で黙々と事務作業に追われ、クラウドも共に 手伝っていたときのことだ。ふいにびくりと弾かれたようにクダリの身体が跳ねた。疲れのせいだと思い、心配になったクラウドは新しく淹れたコーヒーを片手 に クダリへと話しかけた。

「ボス、少し休んだ方がええんやないか」

 だが返ってきた答えにひどく狼狽したのを覚えている。

「ありがとうございます、ですがこちらは早急に仕上げねばなりませんので…そちらだけチェックしてもらってもいいですか」

 コーヒーを受け取りながらそう言うクダリに、クラウドは違和感が拭えなかった。自分の上司はこんなにきっちりとしたしゃべり方をするような人だったろうか。
 なんとか了解とだけ答えると、チェックするよう指示された書類に手を伸ばす。クラウドは作業をしながらも度々クダリへと視線をやって様子を伺っていたが、ある事実に気が付くと無意識に顔をしかめた。右利きだ。
 クダリはもともと左利きの為、当然普段使う手は左でペンを持つ手も左だ。だが今、目の前で作業している人物は右手で書類を捌いている。徹夜続きでおかしくなってしまったかと思いつつも、口からは自然と疑問がこぼれ落ちてしまった。

「あんた、誰や」

 自分の声がやけに大きく室内に響いた。
 ことり、とペンを置く音がして、クダリがこちらを向く。どこか不機嫌そうな顔と目が合った。いつも笑っているその顔に笑みがなかったせいだろうか。
 普段のクダリだったら何言ってるのクラウド、と言いながら冗談として笑い飛ばしただろう。だが返ってきた声はひどく平坦だった。

「そんなにクダリとは違いますか」

「違うっちゅうか、ボスは左利きだし、そんなお堅いしゃべり方せえへん」

 すると彼は初めてその事実に気付いたというようにぱちりと目をしばたかせた。

「それは盲点でした。私クダリが危ない目にあったりですとか疲れたとき等はわかりますが彼自身については知らないことが多いので」

「なんやそれ」

 怪訝な顔をしたクラウドに彼はことりと首を傾げた。ふとした動作ではクダリを彷彿とさせるのだから不思議なものだ。

「ところで、貴方はクダリと働いているようですが仲はよろしいのですか?サブウェイマスターの執務室にはそう用事が無い限りは鉄道員でもあまり来ないと記憶しておりますが」

「まあその通りやな。わしらはあんま出入りせえへん。ただ今回は仕事が立て込んでもうて人手がいるっちゅうんで鉄道員連中の中でも年長のわしが抜擢されたんや」

「なるほど」

 それからしばらく顎に手を当てて悩んでいるようだったがふと顔を上げるとクラウドを見つめた。

「恐縮ですが一つお願いがありまして」

「…なんや」

「私のことはクダリには内密にしておいてはくれませんか」

「ボスに害がないなら別にかまわんけど、そもそもお前はボスのなんなん」

 得体の知れないこの話し相手をクラウドにはどうすることもできないが、クダリに話すか話さないかはそれを聞いてから決めようと思った。
 もし悪霊か何かの類いが取り付いたのだとしたら遠慮なくカントーからでも祈祷師を呼ばせてもらうつもりだった。
 が、しかし…

「私、クダリの兄のノボリと申します」

 彼の口から出てきたのは、以前クダリから聞いた、生まれる前に死に別れたという兄の存在だった。
 彼は言った。

「私の存在意義は、クダリを守ることでございます。貴方は信頼するに足りる人物と判断いたしましたので名乗らせていただきました。何かあったときにはよろしくお願いしますね」

 何かってなんやねん。そうクラウドが切り返す前に、ノボリはどうやら引っ込んでしまったようだった。びくりと身体が震え、何事も無かったようにクダリが活動を始めた。

「あれ、なんかちょっと進んでる」

 デスクの上の書類を見て、クダリが不思議そうな顔をする。

「クラウドやってくれたの?」

「いや、わしはなにもしとらん。ボスは普通に手動かしてたで。疲れすぎとちゃうん?少し寝とき」

 そう気遣えば、クダリはこくりと頷いて、少し寝てくると言って仮眠室へと消えていった。
 疲れた後ろ姿を見送って、クラウドは深くため息をついた。何かの夢だと思いたい。そう、これはきっと何かの間違いなのだと言い聞かせたが、その甲斐虚し く。 ノボリは度々クラウドの前に現れて、クダリが疲れているときにはさりげなく出てきて仕事をこなし、何かトラブルがあると持ち前の冷静さで対処していた。今 でこそノボリであるとなんとなく判断できるがそうでなければ全くわからなかった。聞けば、ノボリはクラウドに打ち明ける前にも度々出てきてクダリの負担を 減らしていたらしい。
 今までもなんとなく無口になる瞬間があるな、と思うことがあったがおそらくそれはノボリだったのだろう。自分が活動できる時間はそう長くないため、クダ リの生活を把握してそれに合わせて動くのに苦労したようだ。ノボリは自分が表に出ているときは努めてしゃべらないようにしていたらしい。



 思い出す度に思う。似てない兄弟だと。一卵性のはずだと聞いていたからおそらく見た目は瓜二つなのだろうが性格は真反対だ。
 いつもどこか無邪気で、一見子供のような立ち振舞いをする事もあるクダリとは違い、ノボリは落ち着いていて礼儀正しい。またクダリが左利きなのに対し、ノボリは右利きだ。
一つの身体に異なる人格が二つ。

「ああいうのなんて言うんやったかな…」

 ああ、そうだ、あれは

「二重人格や」

 ぽろりとこぼれ落ちた言葉は、誰に聞かれることもなく壁に吸い込まれて消えた。

2012/11/13

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