【そうだ、ジョウト行こう】5
辺りを真っ白な煙が包んでいた。
「げほっ、けほっ、けほ」
あちらこちらから咳き込む声が歌舞練場に響く。だがそれだけで、怪我や損害などの被害はない。
スモッグに炎が引火したことにより起きた爆発だったが、スモッグが蔓延する前に着火したせいか、爆発は最小限に抑えられていたようだ。
辺りを覆う煙が晴れると、フィールドに現れたのは、未だ変わらず浮遊しているシャンデラと、ぱったりと倒れているブースターの姿だった。
それを確認した審判役の舞妓さんが、ばっと袖を翻す。
「勝者!挑戦者クダリ!」
とたん、わっ、と会場が沸く。挑戦者の久々の勝利に観客は大興奮だ。
鉄道員たちのすぐわきに座っていた観客の一人が、ばしんとトトメスの背を叩く。
「いやぁ!あんちゃんの連れ強いなぁ!あんな勝負は初めて見たで!」
トトメスはにやりと笑ってそれに答えた。
「いやぁ、我らが自慢のボスですから」
「お強いどすなぁ、おみそれしました」
ブースターにねぎらいの言葉をかけつつボールへと戻し、サツキがクダリに微笑んだ。
それにクダリも笑みで応え、君もね!と返す。なかなかに楽しいバトルだった。スーパー系での仕事時の様に完全な本気、というわけではなかったけれど。し かしクダリのバトルを見ていたノボリには、それでも彼がすごく楽しんでバトルをしていたというのがよくわかる。何もがむしゃらに相手を叩きのめすことがバ トルではないし、そもそもブースターに対して相性がいいとは言えないシャンデラを相手に選んだ所でいい意味で遊んでいるな、と思った。ブースターの特性で あるもらいびによって自分の炎技が相手に効かないのを承知している、というのも。ここは個人的なバトルの場というよりもその他の観客に見せる一種のエン ターテイメント的な要素が強い、とクダリと一緒に舞台に上がってみてノボリはそんな雰囲気を肌で感じた。
その為クダリが見る者を楽しませるようなバトルスタイルを選択したのは正解だったとノボリは思っている。もし自分が先陣でも同じことをしただろう。こう いった開かれたバトルというものでは例え自分の仕事ではないにしても常に客というものを意識してしまうあたり、とんだ仕事脳だなと自重気味に笑った。
まぁ、結果的に観客が盛り上がっているのだからこの際そういった事はあまり気にしないようにしよう、とノボリは考え直した。そもそも自分たちが本気を出せる場などそうそう無いのだから。いっそこの自分たちなりのルールが存在するバトルを堪能しよう、と頭を切り替える。
クダリと舞妓さんはお互いくるりと向きを変えフィールドから離れると、クダリはたたっ、とノボリに駆け寄ってハイタッチ。ぱんっ、と小気味の良い音が響いた。
「今度はノボリの番!」
クダリの声を受けて、では行ってきます、と歩き出したノボリに観客から声援が飛んだ。それに対して負けじと舞妓さんを応援する声も響く。
クダリたちのバトルを見た後だからだろう、興奮冷めやらずといったところか。歌舞練場がスタジアムにでも早変わりしてしまったようだった。少し前まで同じ場所で舞妓さんが舞っていた場所とはとても思えない。
フィールドに立ち、ノボリと舞妓さんが向かい合う。お互いに軽く自己紹介を済ませたところで、サクラと名乗った彼女がボールを放った。まばゆい閃光と共に現れたのはサンダース。やる気満々、といった体で出て来るなりばちり、と身体の周囲に電撃を走らせる。
ノボリはその様子を見てわずかに目を細めた。見る人が見ないと分からない変化だろうが、それはそれは楽しそうに。
「では、どうぞよろしくお願いします」
左手を胸に当て軽く一礼し、ボールを放った。
「ゆきなさい!ギギギアル!」
ノボリもクダリに倣い、軽く説明をすることにする。
「こちらもイッシュの、はがねタイプのポケモンです」
「あんさんたち、珍しいポケモンぎょうさん持ってるんやなぁ」
それに対してノボリはいえいえ、と笑う。
「逆に私たちから見たら貴方がたのお持ちのポケモンの方が珍しいですよ」
確かにそれもそうや、とサクラは笑った。
そしておしゃべりはここまで、というようにきゅ、唇を引き結ぶ。お先どうぞ、というようにサクラが手で示したため、ノボリは頷いた。
「それでは、お言葉に甘えて」
ばっ、と右手は正面を払うように突き出し、声高に指示を飛ばす。
「ギギギアル、ギアソーサー!」
「キュルルァァアアア!」
ギギギアルが応え、歯車を高速回転させる。瞬間、サンダースめがけて無数の小さな鉄の塊が飛来した。
「サンダース!10万ボルトで撃ち落とすんや!」
バチィイイ!と大きな音と軽い火花を散らしながら、鉄の塊が10万ボルトにはじかれた。床へと落ちるだけでなく、幾つかがギギギアルの方へと弾かれる。ダメージにはならないものの彼の体に当たり、きん、と小気味の良い音をたてた。
「これを弾くとは、やりますね!」
ノボリは楽しそうに笑った。
「ならば…」
「ギギギアル、ギアチェンジ!」
途端、ギギギアルの歯車の回転数が上がった。しかし表面上はそれだけだ。攻撃技が来ると思っていたサクラは拍子抜けしてしまった。
「何が来るかと思えば…そんな技じゃあうちは倒せへんよ」
対して、ノボリは不敵に笑う。
「細工は隆々、仕上げはご覧じろ、ですよ」
ノボリの言葉から、サクラは先程の技が変化技であったことに気付く。おそらく後の攻撃の為の布石なのだろう。しかしどういった効果をもたらすものなのかわからなければ対処のしようがない。
こちらも念には念を。
「サンダース!影分身!」
フィールドに現れた複数の分身たちがギギギアルを取り囲む。
「そのまま電磁波!」
動きさえ封じてしまえばあとはこちらのものだ。
ギギギアルのスピードでは避けられない早さで繰り出された技。しかしそれは普段の速度なら、での話。
「ギギギアル避けてください!」
サクラはギギギアルというポケモンの事はよく知らない。しかし鋼タイプということと、大きさからしてそれほどスピードは早くない筈だと踏んでいた。
しかし彼は予想に反して華麗な動きでするすると複数のサンダースの合間を縫って移動し、あっという間に輪の外へと逃げおおせてしまった。先程のギアチェンジのせいで素早さが上がっていたのだ。
と、影分身が消え、その先で待ちかまえていた本体のサンダースがしてやったりと笑う。
再び繰り出された電磁波。それを見ていた誰もがもう避けられないと思った。
しかし無理な体勢であったにもかかわらず、体を回転させることでするりと攻撃をかわしてしまった。
「おおおお!」
観客席からは歓声が上がり、
「はあぁあ!?」
瞬間、カズマサは素っ頓狂な声を上げた。
「いやいやいや、あの体勢からおかしいでしょ!なんで避けられるんですか!」
ラムセスがははっ、と乾いた笑いをもらす。
「いやぁ、いつ見ても…ボスのポケモンは技を避ける事に関して天下一品なのさ」
「そうそう。全く不思議なくらいこちらの技が当たらないことがよくあるんだ。にもかかわらずボスたちの低確率である筈の技はばんばん当たるっていうね」
トトメスもラムセスの隣で苦笑いだ。
「あ、それ確かネットでサブウェイクオリティとか呼ばれてるの見ましたよ。言い得て妙だな、と」
ジャッキーが撮影中のCギアを操作しながら冷静にぽつりとこぼした。同義語としてフロンティアクオリティというものもあり、バトルフロンティアやバトル サブウェイなど、バトルの娯楽施設で度々見受けられるシチュエーションの事を指すその言葉は、挑戦者にとって嫌がらせ以外の現象のなにものでもない。通常 ならばありえないほどにこちらの攻撃が当たらず、逆に相手の低確率である一撃必殺技や追加効果、道具の効果が異様な確率で発動するというトンデモシステム である。まぁ、運も実力のうちと言ってしまえばそれまでなのだが。
ちなみに、サブウェイマスターやフロンティアブレーンのみならず、鉄道員たちを含んだ途中で遭遇するトレーナーたちもそんな呼称の内に含まれていること を彼らは知らない。一般人から見れば彼らも十分イレギュラーズの一員なのである。そしてそれは、必ずしも運だけでなくまた、実は彼ら自身の実力でもあると いうことにも彼らは気付いていなかったりする。
そんな鉄道員たちは今やバトルフィールドと化した舞台へと目を向けて、興奮した眼差しで二人のトレーナーとそのポケモンの一挙一動に目を凝らしていた。
「ヤッパリボスハカッコイイデスネ!」
クラウドの隣で息巻くシンゲンに、キャメロンはやれやれと肩をすくめる。
「シンゲン、君ノ目ニハボスシカ映ッテナイノカイ?アノ舞妓サンモステキジャナイカ!」
「いや、キャメロン、君の場合は目の付けどころが違うから」
悪い意味で。と一言付け加えたトトメスにキャメロンは不満げにエー、と声をもらした。生憎と、ここにいる面子の中で組み立てられている不等号は綺麗な女 性よりもバトル、ポケモンのカテゴリーの方へと比重が傾いているため悲しいかな。キャメロンに同意してくれるような同志はいない。
「ほらほらそこ!雑談しとる場合やないで!」
クラウドがそんな彼らにびしりと注意する。話しながらも目はフィールドの方へと向けていたため状況は分かっていたがなるほど。どうやらノボリとサクラは互いにギアチェンジと影分身を隙を見ながらある程度積み終え、攻撃へと転じるところだった。
「ギギギアル!ギアソーサー!」
「そう同じ技は効きまへん!サンダース!10万ボルト!」
先程と同じように攻撃を弾き返そうとしたようだが、ギアソーサーを弾くどころか威力を弱めることさえもなく、そのままサンダースへと直撃した。
「きゃぁうっ!」
「なっ!サンダース!」
サクラの驚く様を見て、ノボリがしてやったりと楽しそうに笑む。
「さっきは弾くのは余裕やったのに…」
「ギアチェンジは素早さだけでなく攻撃力も上げる技ですからね。先ほどとは威力が違うのです」
ギアソーサーの直撃を受けたサンダースがどさり、とフィールドに伏した。
一瞬会場が静まり返り、次の瞬間、わっ、と会場が沸いた。
「うおおお!なんやあのトレーナーら!強ええなー!」
「舞妓はんを二人ものしてまうなんて…」
「あんなバトルは初めて見た!」
観客たちは興奮気味に互いに言葉を交わしていた。
鉄道員たちも、普段滅多にお目にかかれない二人の仕事以外でのバトルが見れてご満悦のようだった。
ジャッキーは満足そうにCギアのバトルビデオ機能をオフにした。
「いいのが撮れました!帰ったらまたじっくり見ないと」
「お、それわしも見たい。というかよかったらそれデータに起こしてコピーしてくれへん?」
「俺も欲しいです!」
「僕ニモクダサイ!」
「僕もお願いしようかな」
「もちろん僕にもくれるよね?」
「俺モ!」
最後に手を上げたキャメロンをトトメスが小突いた。
「なになに?舞妓さん狙い?」
「……トトメス…ソレ分カッテテ言ッテル?」
「いや別に?キャメロンならあり得るかなぁと」
ココデソレハナイデショウとごちるキャメロンに、トトメスは笑った。
「はいはい、トトメスもキャメロンをからかわないでください。ちゃんと皆さんにあげますから」
ジャッキーはそんな二人に苦笑した。
「お、ボスが戻ってくるで」
クラウドの言葉に一同が振り向けば、舞妓さん二人と握手を交わしたノボリとクダリが戻ってくるところだった。
「えへへー、ただいま!」
「ただいま戻りました」
舞台の方は二人が席へと戻ったのを確認すると、舞妓さんたちが最後に壇上からの挨拶で締めくくった。
そうして、観客たちも満足そうに帰り支度を始めた。途中、ノボリやクダリに声をかけてくる者もいた。二人はそんな客たちにも律儀に挨拶を交わしながら、自分たちも帰り支度を始めた。
ポケモンは万国共通のコミュニケーションツールだと言っていたのは誰だったか。仕事以外で他者とふれあうというのはなかなかに新鮮だった。その上異国の 地でのことである。帰り際の短い時間とはいえ声をかけてくれ、バトルを褒めそやされれば悪い気はしない。中には今度イッシュへ行ってみたいと言う者もい た。もちろん、そんな時はバトルサブウェイへ行くことを勧めるのは忘れなかった。
気がつけば、歌舞練場は観客と思われる青年一人を除いて舞妓さんたちとノボリたち一行のみとなっていた。それぞれ観客たちと話し込んでいる内に、他の者たちはすでに帰路に着いたようだった。
我々もそろそろ行きますか、と出口へ向かい始めたところで、今まで動かなかった青年がこちらへと近寄ってきた。
「バトル、すごかったね!久々にわくわくしてしまったよ。あの身のこなし、君たちもリーグ関係者か何か?」
彼の言葉に同意するように、いつの間にやら彼の背後に現れていたゲンガーがげんげん、と声を上げる。
青年はこの地方の特徴なのかノボリやクダリと比べると低く見える身長だった。それこそこの地方出身だというクラウドと同じくらいだ。髪は癖のある金髪。ゴーストタイプをあしらったようなマフラーとセーターを身に着けていた。
ノボリはその姿に目をやりつつ、
「確かにとあるバトル施設に勤務してはおりますが、リーグとはまた別の業種にございます。失礼ですがあなたは?」
ことりと首を傾げれば、青年は今気づいたというように目を瞬かせた。
「これは申し訳ない。僕はマツバ。この街のジムリーダーをしてるんだ。カミツレさんから腕っ節のいい双子とその仲間が行くのでよろしく、と言われていたのですがもしかして、と思いまして。急にすみません」
あまりに楽しいバトルだったのでつい話をしてみたくなりました、と彼は笑った。
「ジムリーダー!じゃ、じゃああの旅館のオーナーの!」
そう声を上げたカズマサにマツバはにこりと笑った。
「楽しんでいただければ幸いです」
「これはこれは、お話はカミツレからかねがね…」
「初めましてー!」
ノボリとマツバが握手すると、クダリも二人に習って手を差し出した。
「エンジュ含め、ジョウトは見所のある観光名所も多いですからどうぞゆっくりして行ってください」
そしてちらりと時計に目をやると、マツバはこう提案した。時計の針は丁度9時を回った所だった。
「よかったら、旅館のロビーでお茶しませんか」
いい茶菓子があるんです。その言葉に一同はよろこんで!と返事を返した。