【そうだ、ジョウト行こう】4
「舞妓さん?」
夕食も食べ、機嫌良く畳の上でくつろいでいたクダリはことりと首を傾げる。
「ほら、先程仲居さんがおっしゃっていたではありませんか。観光客向けに今の時間帯で舞妓さんの舞が見られると」
ノボリの言葉に、周りで同じ様にくつろいでいた面々もそういえばそうだったと腰を上げ始めた。そろそろ旅館を出ないと時間的に間に合わなくなってしまう。シンゲンがコレデスカ、と眺めていたガイドブックの一面を開いた。
「ソノ話ココニモ載ッテマシタ。バトルモデキルミタイデスネ。ナンデモ腕ノタツ舞妓サンダトカ」
すぐさまクダリがぴくりと反応した。
「えっ!バトルできるの!」
行こう!すぐに行こう!とクダリは先程まで畳の上でごろごろしていた人物と同じとは思えない俊敏さで支度をすませると、先陣切って皆を急かす。全員揃ってすぐに旅館を後にした。
「バトル」と聞いてから目の色が変わったのはクダリだけでは無いようで、明らかにメンバーの足取りが寒空の下でも軽い。
純粋ニ舞妓サンノ舞ヲ楽シミニシテイルノハ俺ダケカ、とバトルがそれほど得意ではないキャメロンは内心でひとりごちた。
舞妓さんの舞が見られるという建物は旅館からそう遠くないところにあった。歌舞練場と書かれた看板が目に入る。徒歩でほんの五分くらいの距離だ。入り口 となる戸をからりと開けば観客席であろう座布団が畳の上に敷き詰められていた。夜の演目だと言うのに意外にもお客の入りは悪くなく、すでに半分以上の席が 埋まっていた。
奇跡的に九人がまとめて座れるような席が客席の中腹程に空いていたので全員まとまって腰を下ろした。イッシュでは床に座るという習慣が無いため、座り方 が分からなかった彼らは、とりあえず周囲の客人たちの様子を真似て、両足の脛がきちんと座布団に乗るような形をとった。いわゆる正座である。
程なくして、演目が始まった。
一言で言えば、素晴らしいものだった。独特な音楽とリズムによって華麗に舞い、しとやかな所作で扇子を操る彼女たちはどこか別世界の人間の様だと彼らは思った。
曲が終わり、盛大な拍手と共に彼女たちの舞は幕を下ろした。途中で船を漕ぎそうになっていたクダリも思わず夢中で拍手を送る。その様子にノボリはくすりと笑った。
「本日はおおきに」
一度幕を引いた後、再び幕が上がり五人の舞妓さんたちが舞台へと戻ってきた。その表情は待っていた時とはまた違う、少し挑戦的な瞳をしていた。
「ほな、今回は私たちとバトルをされたいいう方はおわしまへんか」
意外にも、観客の多くは地元客の様だった。あちこちで、いやいや勝てるわけが無い。今回はよしておく、といった囁きがノボリとクダリたち一行の耳に届いた。
あれだけバトルを!と息巻いていたクダリたちだが、一介の観光客である自分たちが名乗りを上げていいものかと、周りの空気に逡巡してしまった。
その間に、どこからか名乗りを上げる者が一人現れ、その人物が舞台へと上がった。地元の人間らしく、今度は負けませんよ!というようなことを言っていた。 しかしながらバトルの腕の方はそう大したものでもなく、舞妓さんが繰り出したシャワーズにあっという間に往なされてしまった。
それにやきもきしていたクダリは、他に誰かおわしまへんか!と言われた瞬間に、迷わず手を上げていた。ノボリの手も一緒に。
え。とノボリの口から戸惑いの声が上がる。そんなノボリにクダリはお見通しなんだから!とにやりと笑って、
「ほんとはうずうずしていたくせに」
得意げに立ち上がろうとして、そして盛大にこけた。
もんどりうって倒れてきたクダリに、下敷きにされたノボリが悲鳴を上げた。
「な、なな、何してるんですか!重いです!ちゃんと立ちなさいクダリ!」
「う」
「う?」
「ううううう!足しびれたぁぁああぁ!!」
その一言に会場は爆笑の渦にのまれた。
なにせ普段から正座などする習慣も無い。つい周りの人々に倣ったのが仇となった。好きな座り方でかまわないんだよ、と近くにいた観客の一人に言われ、もっと早く知りたかったとクダリは涙目で訴えた。
気を取り直し、舞台に上がるノボリとクダリに対し、客席の方からがんばれよー!と声援が飛ぶ。それに照れ笑いで答えつつ、二人は舞妓さんの五人の内の一人と対峙した。
「どちらから来られますか」
それには、ぼくが行く。とクダリが応えた。
バトルフィールドへと変化した舞台の端と端。舞妓さんと対峙するクダリの瞳はもはや休暇でジョウトへやってきた駅員のそれではない。バトルに臨むポケモ ントレーナーの瞳だった。彼女の方も、クダリには先程のトレーナーとは違う何かを感じたのだろう。舞っていた時の様にきれいな笑顔のままだったが、目は 笑っていなかった。
「あてはサツキ言います。どうぞよろしゅう」
言い終るとともに放られたボール。赤い閃光がほとばしり、彼女の元からはブースターが飛び出してきた。
クダリの口元の笑みが、すでに楽しくて仕方がないとでも言うように深まった。腰のホルスターからボールを取り出し、同じように放る。
「おいで、シャンデラ!」
客席で見守っていたカズマサはえ、と声を上げた。
「シャンデラって黒のボスのポケモンじゃなかったんですか?」
ジャッキーはそれを聞いて逆に驚いたように瞬いてカズマサを振り返った。
「カズマサさん知らないんですか。オノノクスやシャンデラ等ボスたちそれぞれご自分のポケモンとして持ってますよ。それに今回の旅行でそれぞれどの子を連 れてきているのかは知りませんけどご自分たちのポケモンの他にも時々シェアしたりしてるのが、その二体の他にダストダス、ギギギアル、イワパレスです。あ とノーマルトレインだとお目にかかれない子たちもいますから、お二人のシャンデラ、オノノクス、ドリュウズ、シビルドン、アーケオスをもし普段のバトルで 見られたとすれば、それは相当レアですよ」
だから今回はレアです。と半ば興奮気味にすぐに舞台へと目を戻したジャッキーに倣って、カズマサもすぐに視線を舞台へと戻した。新しい職場には、まだま だ知らないことが沢山ある。ほんの些細なことかもしれないが、バトルサブウェイで最強と謳われる二人の上司の事を、もっと知りたいとカズマサは思った。
ジョウトでシャンデラは馴染みのないポケモンなのだろう。観客たちがわずかにざわつく。
「おもしろいポケモン連れとるんやね」
その言葉にクダリが自慢げに胸を張る。
「イッシュのポケモン!特別に教えてあげる、炎・ゴーストタイプだよ!」
「おおきに…!そしてイッシュ、そら遠いところからはるばると。ようこそお越しやす…けど手加減はいたしまへんよ!」
そう答えると同時、サツキの振り袖が華麗に翻る。
「ブースター、だいもんじ!」
「迎え撃って!おにび!」
二人の技がフィールド中央で交錯し、爆発する。ブースターのだいもんじにも負けない威力を持ったシャンデラのおにびは、押し負けることなく攻撃を押しとどめた。辺りに火の粉が光の粉の様に舞い散る。ホウエンのコンテストだったならば間違いなく高得点を狙える美麗さだ。
トトメスがひゅう、と口笛を吹く。
「ワォ、さっすがボスのシャンデラ。おにびでこの威力ですか」
となりのラムセスはそれを聞いて苦笑いだ。
「あー、僕もこれには苦い思い出が…たかがおにびと思って迎え撃ったらひどいめにあったのさ…」
キャメロンは同意とばかりに激しく頷いた。
「ウン、僕モ覚エアルナ。ボストハデキル限リバトルシタクナイヨ、怖イ」
腕がなまらない為、程良い手加減指導の為、また業務成績の成果認定の為などを理由に定期的にノボリとクダリの二人にバトルの教授を賜る鉄道員だが、その 内容はかなりスパルタである。もともと実力もあるメンバーの為サブウェイマスターの二人も手加減などしてこないのだ。トトメスやラムセスは率先して二人と のバトルを楽しんでいるタイプだが、バトルが苦手なキャメロンや、どちらかというと電車の方が好きなシンゲンにとってはその行事は実は割と苦行だったりす る。
だが今回は自分たちは観戦側。バトルサブウェイにおいて普段色々と制限されたフィールドでのバトルとは、今回はまた違った環境なのだ。今のうちに自分た ちのボスの貴重なバトルを目に焼き付けておこうと一同は舞台のフィールドに釘付けだ。ジャッキーにいたってはCギアで何やら先程からバトルビデオを記録し ている。
舞った火の粉がはらりと消え始めた頃、クダリが先に動いた。
「シャンデラ、シャドーボール!」
先手必勝とばかりに、素早く攻撃を繰り出すが、負けじとサツキもブースターに避ける様指示を出す。そこへ避けられる事を見越していたクダリが続けて技を指示を出そうとするが、それはあちらもお見通し、とばかりに不安定な体制のまま攻撃を放ってきた。
「ブースター!スモッグ!」
「なっ!」
その瞬間フィールドは真っ黒な煙に包まれた。これでは相手の位置を把握することもできない。クダリが逡巡した一瞬の隙をついて、気付いた時にはブースターがすでにそこにいた。
「かみつく!」
スモッグの中から飛び出してきたブースターはシャンデラにとびかかった。
「シャァァアアン!」
「シャンデラ!」
避けられなかったシャンデラがブースターにかみつかれ、悲鳴を上げた。どうにか振りほどこうともがく。
「シャンデラ!サイコキネシスではじきとばして!」
「ブースター!こちらへ!」
クダリの指示を聞き、サツキがブースターを急ぎ呼びもどす。かみついていたシャンデラ自体を踏み台にするようにして飛びあがり、慌てて逃げようとした。 だがサイコキネシスからは逃れることはできなかった。飛び上がったまま不自然に宙に浮いたかと思えば、そのままフィールドの端の壁に叩きつけられた。
「きゃぅっ!」
「ブースター!」
どさり、とフィールドに落ちたブースターはしかし、まだ負けていないと闘争心露わに傷ついた身体を踏ん張らせて立ちあがった。
てっきりおしまいとおもっていたクダリはその様子にわずかに目を見開いた。
「そうこなくっちゃ!」
実に楽しそうに口元をほころばせて、クダリはシャンデラをブースターにけしかける。
だがまだ体勢を立て直せていないブースターに対し、危機感を抱いたサツキは距離を取るように指示を出しつつ目くらましを兼ねて再びスモッグを繰り出させた。
「もうひっかからないよ…!」
その様子にクダリはフィールドぎりぎりまで後退しつつ、スモッグが充満する前にシャンデラに指示をとばした。
「はじけるほのお!」
次の瞬間。大爆発が起きた。