【きみと約束】4
ようやっと起動したクダリと共に階下へ降りてくれば、博士は食後のコーヒーを飲んでいるところだった。二人が揃ったことに満足そうに頷くと、モンスターボールをよっつ机の上へと並べる。
「ポケモン?」
「そうだ。お前たちにやろうと思って用意していた子らだ。」
「わたくしたちにですか…?」
二人は戸惑い露につぶやく。博士と共に住まうポケモンたちと多少戯れたりなどはしたが、自分のポケモンを持つというのはなんとも不思議な感じだった。機械である自分たちに、果たして生き物の世話などできるのだろうか。ノボリに至っては、昨日目覚めたばかりなのである。
しかしそんな二人にボールを手渡す博士の理由はとても単純で。
「バトル、やってみたくはないか?」
そう言って博士はにかっと笑った。
博士の家の裏手には、少し開けた場所がある。そこだけ草がきちんと刈り揃えられており、長方形の形に地面が出ていた。いつもそこの部分だけ博士が手入れ を行うのを見てクダリは常々不思議に思っていたのだが、博士が白い石灰で地に線を引く姿を見てなるほどと思った。どうやらここはバトルフィールドのよう だ。
正直、二人は色々と不安だった。自分のポケモンを持つこともそうだが、そもそもバトルを見たこともなければやってみたこともない。メモリーの中に基本的なバトルの知識は組み込まれているものの、実際にバトルを行うのとはまた別の話である。
「博士ー…ほんとにやるの?」
乗り気がしないクダリの声色に博士は笑う。
「ああ、本気だとも!」
フィールドのラインを引き終わった博士は袖で汗を拭いつつ一息ついた。
「そう心配することも無かろう。バトルは楽しいぞ、やってみないことには何も始まらん」
ほれ、と博士は二人をフィールドの両端に立たせる。
「え。いきなり!?」
「…何かご指導はいただけたりしないんですか?」
「そんなものないない!しいて言うならお前さんたちの頭に入れておいたから大丈夫だ」
抗議を上げつつも博士にそう返されてしまっては返す言葉もない。二人揃って諦めたように仕方ないと息をつき、もらったばかりのボールの内の一つを構え る。そういえば何のポケモンをもらったのかも未確認だったことに気付き、二人は更に脱力した。せめて中身を改める時間くらいくれてもよかったのに。
しかしそんな気持ちも、ボールを構えたことでいくらか引き締まった。さすがに初っぱなからダブルバトルはする勇気は無いため今回はシングルバトルだ。
しん、としていた草原に博士の声が響く。
「使用ポケモンは1体!では…はじめ!」
合図を皮切りに、二人はモンスターボールを放る。高々と舞い上がったボールから赤い閃光がほとばしり、そうして現れたのはまだ小さなポケモンだった。どちらも博士が育てていたポケモンだろう。家の中のあちこちで見たことがあった。
「わ。バチュルだ」
「わたくしはギアルですか」
フィールドに出てきた2体は初めてながらもバトルする気満々のようで、お互い相手をねめつける。
同時に、ノボリとクダリの視線がかち合ったのが合図だった。
「ギアル!はさむです!」
「バチュル避けて!」
瞬時に間合いをつめると勢いよく技を繰り出してきたギアルに対し、バチュルは小さいながらも俊敏な動きで攻撃を避けた。
「そのままいとをはく!」
「ギアル!右へ飛んでください!」
お互い一歩も譲らない攻防が続く。まだレベルが低いため、対した技は使えないのだ。それでも少ない技の中、どうすれば勝つことができるのか、二人はひたすらに考える。
バトルを始める前まではあれだけ嫌だ、できるはずが無いと思ってものが、いざ始めて見れば、それは二人の心を躍らせた。相手のポケモンの一挙一動に目を凝 らし、次の一手を考える。ときには声を上げて指示を飛ばす。意識したわけではないのに、ギアは回転数を上げて、その身の内でいつもより早く時を刻む。機体 が熱い。しかしそれが、こんなにも心地よい。
いつのまにか夢中になっていた。どうすれば勝てるのか、二人の思考はそこに集中する。このままでいけば闘いが長引いてしまうことは必須、そうすればポケモンの体力も長くは持たない。先手を切ったのはクダリだった。
「バシュル!くものす!」
「ギアル!避けるのです!」
「まだまだ!くものす!」
「くっ…!」
それでも果敢な攻撃をギアルは避け続けた。しかしノボリにはクダリの攻撃の意図がつかめなかった。なぜ同じ技しかしてこないのか。見れば、バチュルも疲れてきてしまっているのが見て取れる。これはいけるかもしれない。ノボリはギアルに声をかける。
「ギアル!はさむです!」
「バチュル!ジャンプで上に避けて!」
バチュルは小さい。故に、そんな対象に攻撃を繰り出すとなると自然に地面との距離は縮まる。今までそれなりの高さに浮いていたギアルは、攻撃の為に地面すれすれに技を繰り出した。それを、息を上げつつもバチュルはジャンプでかわす。
「ギアルの上に着地!!」
「!?」
すとん、と黄色い小さな体はギアルの上に着地する。
攻撃の為に地面に迫っていたギアルは、そのわずかな反動で地面へと着いてしまう。くものすの張巡らされた地面に。ノボリがしまった、と思った時にはもう遅かった。
「バシュル!いとをはく!」
「勝者!クダリ!」
ばっ、と博士が手を上げる。バチュルの吐いた糸のせいで、身動きのとれなくなったギアルの負けだった。
二人はねぎらいの言葉をかけつつボールにポケモンを戻し、フィールドの中央で握手する。二人の心には、ただただ充足感。
「えへへ、ぼく勝っちゃった。ノボリ、おつかれさま」
「おめでとうございます。クダリも、おつかれさまでした」
そんな二人を満足そうに眺めながら、博士はうんうんと頷く。
「で、どうだ?バトルの感想は?」
それには二人、高揚した気分そのままに声を揃えて答えた。楽しかった、と。
もらったばかりのボールを握りしめて、二人はにこりと笑い合う。今度バトルするときには是非ダブルバトルを、と約束しながら。それに博士も加わって、な ら作戦を練らないといけないな、と笑いながら家の方へと二人の背中を押す。ポケモンを休ませなくてはならないし、せっかくだからお茶にしよう。そんな博士 に対して、いつもコーヒーしか飲まないじゃない、と突っ込んだ声に、三人分の笑い声が森の中に響いた。