【きみと約束】5
「わたくしの勝ちですね」
「むぅ、これでシングルは3勝5敗かぁ」
互いにボールへとポケモンを戻しながら二人はバトルフィールド脇の芝生へと腰を下ろす。初めは嫌々だったバトルだが、あれから二人はすっかり虜になって しまっていた。暇さえあればシングルやダブルなど、ルールを変えてバトルする。もっとも、バトルのデータ自体が二人の中にはさほどないため毎回が手探り状 態であったが。
メモリーの中にある情報でバトルで使えるものといえばポケモンのデータくらいだ。種族値、技の構成など、それらを組み合わせて考えられる動きから勝率の 高いものを優先して繰り出す。しかしこれでは、まだ手持ちの少ない二人にとって、バトルがパターン化してしまうのは時間の問題だった。そうは言っても、バ トルのデータを収集できるような環境は無く、そもそも博士からは人前に出ることさえあまり良しとされていなかった。唯一の情報と言えば、毎週やっているテ レビのバトル番組にかじりつくことくらいだ。一度博士にバトルをねだってみたこともあったが、育てる方が専門だからとはぐらかされてしまった。バトルはう まくなりたい。けれど、自分たちは人間の様にとっさの状況判断で指示を出すといったことができなかった。どうしても次の手を指示するまでの計算時間がそれ の邪魔をする。
「どうしたらいいんだろう?」
どう頑張っても、今の状況で二人だけで。というのには限界があった。
「もっと…」
「?」
「もっと人間らしくなれたら、外に出てもよいと、博士は言って下さるんでしょうか」
言葉にした途端、それは思っていた以上に重く二人の上にのしかかり、ぎしりとギアが軋んだ気がした。
それでも、二人にとってはバトルがすべてというわけでもない。まだまだこの辺りで散策できていないところなどたくさんあったし、何より博士を手伝ってポ ケモンの世話をするのは気分がよかった。普段過ごしている時よりもコアが少し熱を持ち、活性化する。それは、目覚めた日、最初にクダリに手を引いて連れ出 してもらったときに起こった状態と似ていた。先日クダリに教えてもらった「楽しい」というものに少し似ている気がいた。
「さて。ポケモンたちも休ませなくてはなりませんし、博士のところへ戻りましょうか」
ぱんぱん、とズボンに付いた土を払いながらノボリが立ち上がると、それにならってクダリも立ち上がった。
「そうだね!」
クダリは「んー!」と身体の駆動部分を伸ばすように伸びをして、先に歩きはじめていたノボリを小走りで追いかけた。きれいに並ぶと、ひょこりとノボリの顔を覗き込むようにして首を傾げる。
「そういえばノボリ、このあと博士とメンテナンスだよね?」
「そうですね、機体の確認と、あと博士はいくつか教えることもあると仰ってましたね。おそらく、あなたが以前やったと言っていたようなソフトウェアのインストールやデータ圧縮などだと思います」
「ふんふん、了解!じゃあ結構時間かかるね」
確認するような物言いにノボリは少し違和感を覚えたが、はっきりとした根拠があるわけでもないのでええ、と頷くだけに留めた。
「ただいま博士!」
「ただいま帰りました」
二人の声を聞いて、コーヒーを飲んでいた博士はにかっと笑う。
「おー!おかえり!バトルはどうだった」
「ぼくまた負けちゃった!ノボリ強い!あっ、でもダブルの方はまだ僕が勝ってる!」
「ふーむ、なるほど。バトルプログラムの組み方の差か?それとも今までの学習過程で差がでたか?…ふむふむ」
そうぶつぶつと呟きながら博士はすかさずメモをする。長くなりそうだと踏んだクダリはノボリの手を取ってつつつつ、と博士の側まで来ると声高に主張した。
「博士!ぼくたちのポケモン休ませて!」
「おお、そうだったな!すまんすまん!どれ、こっちにきなさい」
手招きする博士について、二人はラボの方へと移動した。自宅の地下にひっそりと作られたそこはしかし、充分な広さと設備を兼ね揃えており、見たことのないような機器や部品がたくさんあった。つい周りに気を取られていたノボリは博士とクダリの会話に我に返った。
「じゃあボールは預かっておこう」
「うん、博士。ぼくのバチュルとシビシラスお願い」
「わたくしのギアルとイシズマイもよろしくお願いします」
ボールを差し出す二人に博士はにっこりと笑う。
「うむ。確かに」
博士は二人から4つのボールを受け取ると、それを回復マシンに乗せた。
「さて。ノボリはこのまま予定通りにメンテナンスを行うとしよう。クダリはその間おとなしく待っていてくれ」
「ん。わかった」
クダリはこくりと頷くといつもの笑顔で、またねノボリ、と手を振りながらラボから出て行った。
さて。と博士はボードを手にするとラボの中で一番大きな端末の電源を入れた。電子音と共に、機械独特の稼働音が響きはじめる。物珍しげにノボリが見つめていると、博士は手で指し示しながら丁寧に教えてくれた。
「これが、普段わしが研究に使ってるメインコンピューターだ。お前たちのプログラムもこれで作った。他にも様々なデータが入ってる。今からやるメンテナンスもこれを使うんだ」
博士は説明しながら、ノボリを正面の椅子に座らせる。メインコンピューターからケーブルを延ばすと、それを丁度ノボリのこめかみのあたりに差し込んだ。すると、ぽん、という軽い電子音と共にコンピューターの画面に”Connecting”というアナウンスがでた。
『接続、完了しました』
同時にノボリも無事に接続が完了したことを伝える。
「どうだ?違和感はないか?」
「ええ、問題ありません」
博士の問いに、ノボリは頷く。と同時にノボリは首をかしげた。
「しかし、いちいち博士自ら説明せずとも、最初からわたくしに方法などをプログラムしておけばよかったのではありませんか?」
それを聞いて最初はきょとんとしていたものの、一拍置いて博士は笑った。
「いやいや!ノボリ!わかっとらんな!最初から全てできてしまってはつまらないではないか!ものを教えるというのはなかなかに楽しいものだぞ!」
わしの趣味だ、博士はそう言ってノボリの頭をくしゃりと撫でる。すると、また前の時の様にコアがほっこりとして、博士の笑顔が見れるならこの感覚も嫌いではないな、と思った。こっそりと、名前のわからないこの感覚を新しいフォルダにタグ付けして分類しておいた。
「よし!では無事接続できたことだし、メンテナンスの方法を教えよう!と言ってもこの調整ソフトで不具合が無いかスキャンするだけだなんだがな。あともうひとつ。これをお前にやろう」
そう言って博士が取りだしたのは厚めのハードカバーの本を模した黒い箱だ。ノボリはそれを受け取るとひっくり返したりして観察してみた。しかしただ見た目が本なだけで、開いたりすることはできなかった。ただの黒い箱だ。
「?…博士、これは?」
「持ち運び可能なハードディスクだ。いわゆるバックアップ用の機械だな。万が一お前に何かがあって、データが飛ぶようなことがあったとしても、日ごろからその箱にデータを保存しておけば、最悪の事態は避けられる。クダリにも渡してあるからな、あの子も使ってる」
それを聞いてなるほど、とノボリは頷いた。いくら睡眠時間を利用して本体にデータの書き込みを行っているとはいえ、何かの拍子にそちらのデータが失われ てしまっては元も子もない。確かにこれは必要なものだ、と判断した。箱と共に渡されたケーブルを延ばすと、こちらも箱と自らをケーブルで繋ぐ。先程挿した こめかみよりも下、首の側面にもう一つケーブル挿入口がある。蓋を開けて差し込めば、すぐに案内がでた。
『接続、完了しました』
準備ができたことを確認して、博士に簡単に説明を聞くとノボリは頷いた。
『スキャン、及びデータのコピーを開始します』
メインコンピューターのアナウンスが”Connecting”から”Scanning”へと変わる。博士はそれを確認すると、上で待ってる、と言ってノ ボリの肩をぽんぽんと叩いた。それにはい、と答えてノボリは目を瞑る。作業に集中して、早く終わらせてしまおう、と思った。さっき別れたばかりなのに、な ぜだか無性にクダリに会いたかった。クダリもついていてくれたらよかったのに。待たせているのは自分の方だとわかってはいても、この空間に一人でいること になんだかギアが軽く軋んだ。自分が目覚める前、クダリもこんな感覚を味わっていたのだろうか。
時間にして1時間ほど。全ての処理が終わってノボリは一人ため息をつく。
『スキャン、コピー共に完了しました。接続を解除します』
呟いてケーブルを抜き、立ち上がったところで地下室への扉が勢いよく開け放たれた。慌ただしく階段を駆け下りてきた博士に、いつもの笑顔は無かった。
「クダリが…!!いなくなった…!!!」
ノボリのギアが今までに無いくらい、ぎしりと大きな音を立てた。