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【きみと約束】

 走り回ったせいで泥だらけになったノボリとクダリを、嫌な顔一つせず、むしろ予想し ていたというように博士は笑って、おかえりと迎え入れた。二人もただいま、と元気に応える。そしてそのまま否応なしに洗面所へと押し込められた。きれいに なるまでリビングへは出入り禁止、と付け足されて。

 ノボリは初めて見る場所にきょろきょろと辺りを見回した。風呂場への扉のすぐ横には洗濯機があり、そのすぐ横、入ってすぐ左手には洗面台があった。その上には二つ並んだコップと歯ブラシ。

「あ!新しくノボリのも出さないと!」

 なんとはなしに眺めていたのだが、視線の先にあるものに気づいたクダリが、そう声を上げて洗面台の下の戸棚から新しいストックを取り出す。えいや、っと パッケージを開けると、新品の歯ブラシを二つあったコップの内の一つに指した。カランと音をたてて二本の歯ブラシが跳ねる。

「ノボリはコップぼくと一緒ね!」

 二つしかないから。そう言ってクダリは笑う。
 そうして、早く風呂に入ろう!とノボリを急かしつつ自分も汚れた服を全て洗濯機に放り込む。ノボリがボタンをなかなか外せずにもたもたとしていると、クダリはしょうがないなぁと笑って、素早くノボリの服もまとめて洗濯機に押し込んだ。

「わぁい!お風呂ー!」

 風呂場へ行けば、クダリは喜び勇んで博士が張っておいてくれたであろう湯船にダイブする。ざぱぁんと勢いよく飛沫が上がって水かさが一気に減った。ノボ リも恐る恐るといった様子でクダリの隣に腰を下ろし、並んで湯船に浸かる。そんなに広い湯船でも無いため、自然と姿勢は体育座りになる。二人で入れば、水 かさは丁度よいものになった。
血は通っていないのに、お湯のせいか触れ合う部分が暖かい。ノボリはひっそりとその感触を楽しんだ。


 しかし風呂の入り方というのはこれでよいものかとノボリは内心首をかしげる。隣ではクダリが早くも鼻唄混じりに石鹸を泡立たせ、瞬く間に泡風呂に仕立てあげていく。ふわりと泡が舞った。

 うむ、とノボリは一人頷いて、後で博士に聞いてみようと心に決めた。








 

 

 風呂から出たあとは、二人揃ってリビングへと腰を落ち着けた。
 クダリが濡れた髪をそのままにソファーへと倒れ込もうとしていたのでノボリはそれを制し、普通に座らせると肩にかけていたタオルでわしわしと髪を拭いて やる。あらかた拭い終えると、今度はぼくがやる!とクダリが振り向いて、拭うというよりはかき回すといった表現がしっくり来そうな勢いで不器用ながらもノ ボリの髪を拭いた。
 水分は捌けたがお互いぼさぼさになった髪はそのままに。ソファーに体を沈めてふぅ、と息をつく。

「楽しかったねぇ…」

「ええ、楽しかったです…」

 そうか、今日感じた高揚感のようなものを楽しいというのか。と、クダリの言葉を反芻しながらノボリはふむ。と頷く。
 クダリの方が先に目覚めたせいか、はたまた性能的な問題か。どうやら感情的なものについてはクダリの方が表現するのも感受性も優れているようで。ノボリ は冷静に己を分析する。クダリのように、とは行かないまでも自分もあのように感情を理解できるようになる日がくるだろうか。

「お。二人とも出てきたのか。どうだった、風呂は?」

 キッチンから出てきた博士はコーヒー片手にリビングへやってきて、二人の反対側のソファーへと腰を下ろした。

「楽しかったよ!」

 間欠入れずにそう答えたクダリに対して、また風呂を泡だらけにしたな…と博士はため息をつく。

「風呂には身体を洗ってから入りなさいと言ったろうに。」

「でもいっぺんに終わって便利。」

 それに楽しい。そう付け加えたクダリに博士は頭を抱えて唸った。
 そんなやり取りを眺めながらメモリに入っている常識的なデータを反芻してノボリはうんうんと頷く。

(ですよね。)

 次からきちんとクダリを注意しようと心に決めた。

「ところでノボリ、調子はどうだ?今日一日過ごしてみて。」

 そういえば、とコーヒーをすすりながら博士はノボリに問うた。

「機体の方は全く問題ありません。いろいろと初めて認識する感覚と情報量が多いので、戸惑うことはありますが。」

 そう淡々と報告するノボリに、博士は嬉しそうに笑った。

「ははっ、そうかそうか!念のため後日、お前に自分で行えるメンテのやり方と機材の使い方を教えよう!あとポケモンもな!」

 さて忙しくなるぞ!と博士は楽しそうに手を擦り合わせた。

「さあ、今日はもう遅い。二人とももう休みなさい。」

「はーい。」

「わかりました。」

『おやすみなさい。』

 二人声を合わせて挨拶し、クダリはノボリの手を引いて寝室へと案内する。
 機械の身ではあるが、睡眠は二人にとっても重要な時間だ。一日中稼働しっぱなしだったギアを休ませ、更には仮想領域に記憶しておいた前回起動時からの学習内容や記録を、メインメモリーに書き込む作業を行う。これらは機体が休眠状態に陥ったときのみに行われる動作だ。
もし睡眠を取らなければ機体はオーバーヒートを起こしたり、書き込みされていない領域の記憶が失われる可能性がある。
 そういった事態を避けるためにも、二人は人間と同じように眠りにつく。

「おやすみノボリ。」

「おやすみなさいクダリ。」

 二つ並んだベッドの上、挨拶を交わして目を閉じる。キュウゥン、という音と共にギアは休眠状態に入り、二人は静かに眠りについた。









 翌日、先に目を覚ましたのはノボリだった。まだ書き込み処理が終わらないのだろうか。クダリはまだとなりのベッドで寝ていたため、起こさぬように静かに 部屋を出てリビングへと降りる。まだ日も昇りきらない早朝だったがすでに博士は起きていて、新聞片手にコーヒーを飲んでいるところだった。

「おはようございます博士、随分と早いんですね。」

「ああ!おはようノボリ!うむ。朝にコーヒーを飲むのが私の日課でな。」

 そう言って博士はにかっと笑う。

「よく眠れたか?」

「はい。書き込み作業も滞りなく終わりました。」

「そうかそうか!ではクダリも起こしてきてくれんかね。」

 ノボリの返事を聞いて満足そうに頷いた博士は、席を立ちながら頼んだ。

「えっ、しかしクダリはまだ寝ていましたが…」

 その言葉に博士は苦笑いしつつ、ひらひらと手を振る。

「いやいや、お前さんとクダリの書き込み速度には差は無いんだ。ただもともと起動に時間がかかるみたいでな、外部から刺激を与えてやらないとなかなか目を覚まさん」

 だから心おきなく叩いたりして起こしてやってくれ。そう言って博士は台所へと行ってしまった。仕方がないので博士の言う通り、ノボリはクダリを起こすことにする。部屋に戻れば、相変わらず寝こけたままのクダリの姿が目に映った。つかつかとベッドに歩みよる。

「クダリ、起きてください。もう書き込みは終わっているでしょう?休眠も充分なはずです」

 無反応。クダリはぴくりとも動く気配がない。

「クダリ、朝ですよ。博士が呼んでいます」

 今度は身体を揺らしてみた。無反応。
 若干途方に暮れつつ、しばらくの間辛抱強く声かけと揺さぶりを続けていたがそれにもすぐに限界が来た。

「~―――っいい加減になさい!どれだけ呼べば目覚めると言うんですか貴方はあぁぁあ!!!」

 がまんならなくなって、思い切り叫びながらクダリの布団を勢いよく剥ぎ取った。それをそのまま床に放ると未だ眠ったままのクダリのベッドに飛び乗る。それから馬乗りになるとクダリの襟元を掴み上げた。気持ち良さそうに眠っているその顔にビンタをかましてやる。
そこまでしてようやく、クダリが反応を示した。

「うー…ぅん」

 顔をしかめ、居心地悪そうにうんうんと唸る。

「…クダリ、朝ですよ」

 再度かけられたノボリの声にクダリの瞳がぱちりと開いた。数回瞬いて、存在を確かめるようにノボリの頬に両手を添える。

「ノボリ?」

「おはようございます」

 しかめっ面のまま挨拶をするノボリにクダリはにこりと返した。

「おはよ!」

 さて今日から、ノボリを交えての新しい一日が始まる。
 クダリは勢いよく跳ね起きるとノボリに飛び付いて、二人してベッドから転げ落ちた。

2011/10/06

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