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【きみと約束】

「さて。ようこそ!カナワへ!」

 大仰に両手を広げて、博士はそんなセリフとともに改めてノボリを迎えた。そのとなりで、博士を称えるようにクダリがぱちぱちと拍手する。

「あ、ありがとうございます。」

 それを受けて、ノボリは気恥ずかしそうに照れた。



 ノボリが目覚めてから、クダリと博士の二人は大喜びだった。軽くメンテナンスを行い、異常がないことがわかると、三人は先ほどいた作業用の小屋からカナワの地にある博士の自宅へと移動した。
 カナワは主要都市から少々離れた場所にある、緑豊かな小さなところだ。カナワと他の都市を繋ぐのは一本の電車しかなく、またそれすら1日に2、3本と、 走る本数は少ない。それはカナワに住む人口が少ないためとも言えた。住人を除いた専らの利用者は、カナワにある車庫に電車を戻しに来る鉄道員や、自然に惹 かれてやってくる観光客くらいだ。
 博士の家は町を出、森の中を大分歩いたところにある。木で作られた、ロッジのような暖かみを感じさせる家だ。人との付き合いを避けるように森の奥に建てられたものはしかし、一人で住むには少々広いと言えるものでリビングダイニングの他に部屋が4つあった。
 しかしその理由はというと…

「ほぅ…ポケモンがいっぱいいますね…!」

 家に着くなり出迎えてくれたポケモンの数に、ノボリは感嘆の声をあげた。ざっと20匹くらいだろうか。キバゴにバチュル、イシズマイにギアルと皆かわいらしいたねポケモンである。

「この子たちは、すべて博士のポケモンなのですか?」

「ああ、そうだ!」

 博士は嬉しそうに笑う。

「この子らは私のパートナーの子供でな。後でお前にもポケモンについていろいろと教えてやろう。」

 そう言って、博士は一人頷く。そうして、自分とそう変わらない背丈のあるノボリの頭をくしゃくしゃと撫でた。後ろに流れるよう、きれいに整えられていた 銀髪が四方八方に乱れる。しかしノボリは、不思議と嫌な心地はしなかった。むしろコアの辺りがなんとなくこそばゆい。自分の身になにか異常でもあるのかと ノボリは内心首をかしげた。
 離れていった博士の手が置かれていた場所に、自分もそっと手を置いてみる。暖かかった。

「さて。いろいろと話したいこともたくさんあるが、お前は起きたばかりだしな。クダリにここいらのことを案内してもらうといい。」

 それを聞いてやったぁ!と声を上げたのはクダリ。ノボリの手を取ると嬉しそうに行こう、と声をかける。博士に触れられたときとはまた少し違って、コアがほんのり熱くなった。
 ノボリがクダリの手から顔へと視線を向けると満面の笑みがそこにあった。一瞬きょとりとしたあと、クダリにつられるようにして同じように微笑む。

「ええ、お願いします!」







 青年の姿を模した機械人形は、外見とは裏腹に、手をつないだまま子供のように森を駆けた。後ろになでつけられた髪は風に揺れて跳ね、瞳は好奇心いっぱいといった様子できらきらと輝く。また、着ていたシャツの裾が、二人が動くのに合わせてはためいた。
 目覚めたばかりのノボリにとって、外の世界はとても新鮮で。初めから与えられたメモリーの中にあらかじめ情報はつまってはいたけれど、実際に自分で感じ てみるのとではまったく別ものだった。聴覚器官を通して伝わる風を切る音も、視覚センサーを通して瞳に映る木漏れ日のまぶしさも、どうしてこんなにも違っ て感じられるのだろう。

「こっちこっち!ノボリにね、見せたいものがあるんだ!」

 クダリは笑って、変わらずノボリの手をしっかりと握ったまま、その足は止まることを知らずにひた走る。もとより機械の身、人間と違って息が切れることも なければ疲れることもない。全速力で駆けてなお、クダリは足取り軽く、待ちきれないとばかりに目的地を目指す。ノボリもまた、誤ってクダリの足を踏みつけ てしまわぬよう気を付けながら、置いてかれまいとクダリの後を追った。

 二人が走るのは、博士の家から続く、森を通り町の方角へと伸びる道。十分な手入れの行き届いていないその道は、半ば獣道のようになっていた。道へと大き く伸びてはみ出た草が、度々二人の行く手の邪魔をする。それでもお構いなしに進むものだから、クダリとノボリのシャツもズボンも汚れてしまっていた。
 しかしその道も走る間に大分抜けたらしく、しばらくすると周りの木々は徐々に少なくなり、かと思うと急に視界が開けた。
 半ばジャンプするように勢いよく最後の茂みから飛び出して、風の勢いに二人は目を細める。そうして、今度はほどよく整備された普通の道に着地した。

「こんなところにでるんですか。」

「そ!近道!しかもあんまり人通らないんだ!この道!……あっ、ちょっと動かないで。」

「?」

 クダリの意図が汲み取れずに内心首をかしげつつも、ノボリはそのままの姿勢で待機した。

「はい!っと!」

 そう言ってクダリは、ノボリの頭にからみついた葉っぱを払った。ぱらぱらと、ノボリの視界から葉っぱが落ちていく。ノボリはそれらを眺めながら、ふと気 づいて同じようにクダリの頭に手をのばした。ノボリよりも量の多い葉がクダリの頭から落ちる。クダリは嬉しそうに微笑んだ。

「えへへ、ありがと!」

 そうして、くるりと向きを変えると、道のそばにある塀の方へと駆けて行った。石を積み重ねて作られたそれは、二人の背丈と比べると胸のあたりまでの高さしかなく、肘をつくのには丁度良い高さだ。
 クダリは一度塀の向こうを覗き見てからノボリの方を振り返って手招きした。

「何ですか?」

 そう問いつつもクダリのとなりへと駆ける。並んだところで彼の指し示す方を見れば、目の前に広がる光景にノボリは感嘆の声を上げた。
 きれいだとか、そういう類のものではない。けれど殺伐としつつもどこか神秘的な空気を持つ場所だったのだ。
 
 そこは謂わば、電車の墓場だった。
 
 転車台を中心として町とは反対の方向に向かっていくつかの線路が伸びている。しかしその途中でところどころ線路は途切れたり欠けたりしており、もはや本 来の役目は果たしていなかった。またその線路の先に続く、車庫と思わしきアーチ状に組まれたレンガの入り口からは、もう使われなくなって大分経つであろう 列車の車両が垣間見えた。それも、所々破損してるのが遠目でもわかる。何本かは横倒しになっているようだ。
 唯一電車の形をきれいに保っているものは、転車台の上に置かれたままになっている車両のみのようだった。雨風にされされて傷んではいるものの、さほど大 きな破損は見受けられない。古く、疲れ果ててはいるけれど、どこか貫禄さえ感じさせるその姿をノボリは食い入るように見つめた。

「いいでしょ!ここ!」

 つと、クダリが口を開く。

「ここ、ぼくのお気に入りの場所なんだ!ノボリも気に入ってくれるかと思ったんだけど、どう?」

 塀の上で組んだ腕の上に頭をのせて、楽しそうにクダリがこちらを見上げてくる。同じように腕だけ塀の上で組んでいたノボリは、電車から視線を外してクダリをみた。

「わたくしも、すごく好きです!いい場所ですね、ここは。」

「でしょ!ノボリが起きる前はね、一人でよく来てたんだ。」
  
 身体を起こしてノボリに向き直ると、心底うれしそうにクダリは笑った。

「そうだったんですか。こんな場所が、町の中にあるなんて不思議です。よく見つけましたね、博士からはあまり町の方へは行くなとプログラムされていたはずですが…」

「うん。ぼく、いろいろ散歩するのがすきだから。そのせいで博士にときどき怒られたりするんだけどね。だから、さ…」

 クダリはノボリの両手をがしりとつかむ。

「他にもいろんなとこ知ってる。ノボリも、今度から一緒に行こう!これからいっぱい、いーっぱいいろんなもの見て、いっぱい遊ぼう!」

「でも、博士は…」

「平気!博士は笑って許してくれる!」

 どこか弱気なノボリに向かって、クダリは自信満々に言い放つ。

「だから、これからは、ずっと一緒にいろんなことしよう!楽しいこといっぱいしていろんな経験して!それで!それ、で…」

 元気だったクダリの声が、だんだんと尻すぼみになっていく。それとともに顔も下を向いてしまった。
 ノボリはどうしたのかと不安になって、クダリの手を握ったままおそるおそる顔を覗き込む。彼らの涙の流れることのない身体はしかし、クダリの表情から、 彼が“泣いている”ことがありありと感じ取れた。そのことを認識した途端、ノボリの身体は自然と動き、クダリをそっと抱きしめた。なぜかそうしたいと感じ たのだ。そうせずにはいられなかった。
 クダリもまた、ノボリの背に手を回して、シャツをぎゅうと掴む。

「…それで、ずっと一緒にいて。一人はいやだよ。ノボリと一緒がいい。」

 今まで、ひとつきりの存在だった機械人形は、初めて得た同じ存在に喜びと安らぎを覚えると同時に、一人でいたときの寂しさと不安を思い出した。もちろ ん、博士はいる。ポケモンたちもいる。初めはそれだけで充分と思ってはいたし、それほど深く考えもしなかったけれど、人の温かさ、感情、心に触れるたび、 知るたびに、どこかちくりと傷ついた。
 色々と経験するうちに否応なしに考えてしまうこと。あるとき、博士のポケモンがその命を終えた時に、クダリは博士もいつかはこうなってしまうの、と問う たことがあった。その時の博士は笑って答えてくれなかったけれど、だいたいの予想はついた。つまりは皆、いつかは自分の生きる役目を終えて止まってしまう 時が来る。けれど、自分は?機械であるこの身は果たしていつ動かなくなるのか。恐らくそれは、ポケモンたちの時間より、博士の時間より、ずっとずっと長い に違いない。
 そのことに気付いた時から、クダリはずっとずっと怖くて仕方が無かったのだ。

 ノボリにはまだ、クダリの思うところはわからない。けれど自分がとても必要とされている、ということはわかる。クダリを抱きしめる腕に力をこめた。

「約束します。わたくしはずっと、これからクダリと一緒です。」

「ほんと?」

「ええ、ほんとです。」

 応えながら、ノボリはふと思ったことを口にする。

「だから…、クダリもわたくしと一緒にいてくださいまし。」

 すると耳元でくすりと笑う声。

「ぼくも約束する。ずっと、ノボリと一緒!」

 クダリはそっとノボリから離れると、安堵の表情を浮かべてにっこりと微笑んだ。
 その様子に、ノボリのコアがかぁっと熱を持つ。起動を開始してからたびたび訪れるコアの変化にノボリは若干戸惑いつつも、悪い気はしていない。
 ノボリは妙に大きく聞こえる自身の歯車の音を聞きながら、クダリの手を取り、微笑んだ。また一緒にここへ来てくださいまし、と言いながら、落ちてきた夕陽を背にして二人で帰路に着く。


 クダリなら、このコアの熱さの意味をいつか教えてくれる気がした。

2011/03/22

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