【そうだ、ジョウト行こう】1
程よい秋晴れの空に浮かぶ雲を、冷たい風がゆるゆると押し流していく。それにつられるように、道を彩る色づいた落ち葉も地面を踊った。
時折空を横切るポッポの姿を、クダリはくるりとした瞳で物珍しげに追う。
「ボスー!置イテイッチャイマスヨー!」
そう呼ぶシンゲンの声にふと我に返れば、皆との距離がいつの間にか開いてしまっていたことに気づく。
「待ってよー!」
クダリは慌てて、皆を追うべく駆け出した。
その話がでたのは夏のことだった。茹だるような暑さの中、涼しさとバトルを求めて地下へとやってくる客人たちの対応に追われていた頃のことだ。
「ねぇ!ジョウト行かない!?」
終電も終えた夜中。急なクダリの言葉に、その日1日の業務日報を書き込んでいた鉄道員たちは顔を上げた。
「ジョウト…ですか?なんでまた急に」
戸惑いを隠しもせずにそう声を上げたのはジャッキー。
「そうやぞ。飛行機使うて少なくとも12時間くらいはかかる距離や。しかもジョウトへの直通便は出とらんから、一度カントーを経由してリニアに乗らんと。」
「クラウドさん詳しいんですね、そういえばジョウト出身でしたっけ?」
そう問うたのはカズマサ。
「ああ。まぁわしが住んどったのは田舎の方やけどな。もうしばらくあっちには帰っとらんし。」
「じゃあこれを期に里帰りしようよ!」
ここぞとばかりにクダリは身を乗り出して提案する。
「いやいやいやいや仕事があるやろ!ここギアステーションは年中無休やないですか!ボスが居らんようになったらトレインはどうしますのん!」
クダリのごり押しとも言える言葉にクラウドは激しく突っ込む。
トレイン乗り場やステーション内に常駐している鉄道員とは違い、クラウドたちのようにポケモントレーナーとしてトレインに乗り込む鉄道員は限られてい る。そのため一年通してまとまった休暇はほぼ無いと言っていい。場合によってはむしろサブウェイマスターであるノボリとクダリよりも一日のバトル回数が多 いときだってある。
その事を考えれば、長期休暇はもっての他、ましてや彼ら鉄道員たちが同時期に休むなどできるはずもない。よって、今まで一度も社員旅行になど出たことがなかった。
「黒のボスも何か言ったって下さい!」
矛先を向けられ、一人静かに業務日報を書き込んでいたノボリは顔を上げた。
「おや。皆さん行きたくないのですか?」
その言葉にクダリを除いたその場の面々が脱力する。ここギアステーションにおいてこの双子の団結力に勝るものは無いのである。失念していた。
「付け加えておきますが…」
そう前置きすると、ノボリはことりと手にしていたペンを置く。
「この秋、バトルサブウェイは一週間ほどの長期休暇に入ります」
え、と間抜けた声がその場に響いた。
「今までもそうでしたが四年に一度の周期で、ここバトルサブウェイは大規模な点検作業を行うのです。お忘れですか?」
なのでその間は通常のトレインを残してバトル用のものは整備に入ります。とノボリは淡々と説明する。
「つまり?」
「トレインがないと仕事のできない我々は特別に休みです。」
「上の許可もとってあるし今年は皆で社員旅行行こうよ!」
「調べてみればここ数年、どなたも有給を取られてないようですし、交通費、宿泊費等も特別に経費で落としてもよいと許可をいただきましたので」
毎年のことながらとても有給をとれるような空気と仕事内容ではなかったというのもあるが、普段の彼らの働きぶりを考慮してのことなのだろう。とたんに歓声が上がり、場の空気がワッと沸いた。
その様子を見ながら、四年に一度と言わず、毎年二、三日くらいは休みがあってもよいな、とノボリは思った。
「飛行機カー!パスポート準備シナイトナ!」
「リニアってさっき言ってたけど乗れるのですか」
「あっちにも強いトレーナーとバトルできるような場所ってあったりするのかい?」
「ポケモンもこっちにはいない子なんだよね。気になるな」
そんな楽しそうな様子をクダリは満足そうに眺め、よかったね、と机に肘をついたままノボリを仰ぎ見た。
「行きたがっていたのはあなたではありませんか」
そう半ば呆れ顔で答えたノボリにクダリは笑う。
「まぁそうだけどさ。皆とは仕事以外で会う機会ないし、あんなに喜んでくれてぼくらが上に頭下げにいった甲斐あったねーと思ってさ。」
そう。実は何事もすんなりといった訳ではなかったのだ。
まずサブウェイマスターが二人とも街を離れてしまうことに点検中の統括面の問題から反対の声が上がったし、更にその二人が特定の鉄道員たちを引き連れて旅行へ行くということにギアステーション内の雰囲気が悪くなるのではないかと上がごねたのだ。
そのときの状況には、これだから現場を知らない経営者は…と二人してため息をついたものである。それらに対し、ノボリは作業の効率化や現場で責任者を務 められる人材の提示、クダリは普段の鉄道員たちの働きぶりやその忙しなさから彼らに休みが必要なことなどを二人して主張した。
仕舞いには、どこからか噂を聞きつけた彼らの普段の忙しさを知る整備士やら作業員、その他鉄道員たちがこぞってサブウェイマスターの二人とバトル担当の 鉄道員たちに休みをやってくれと声高に抗議し始めたものだから、さすがに上の者たちも首を縦に降らざるをえなかったのである。
しかしそうしたことから、今までどれだけ彼らが休みをとっていなかったか、またステーション内での信頼がどれだけのものであるのかを知ったようだ。それからは進んで経費等で落とす事などを勧めてくれ、更にはジョウトの観光パンフまで渡されてしまった。
これはお土産を買っていかねばなりませんね、とそのときのことを思い出してノボリは笑った。
「確かにそうですね。何事も言ってみるものです。」
つられるようにして、クダリもえへへと笑う。
「さて、と。」
クダリはなにやらがさごそと持ってきていた鞄の中を漁った。
「皆どこ回りたい!?」
そうしてばさりと机の上に観光パンフを並べたのである。