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【そうだ、ジョウト行こう】7

 午後、約束の時間が迫り、一同は指定されたマツバのジムへとやってきた。

「いらっしゃい!ようこそ!エンジュジムへ!と言っても君たちは挑戦者ではないけれど」

 そう声高らかに歓迎の声を上げるマツバ自身はしかし、遠い。
  ジムへ入り、一同がまず最初に目にしたのはだだっ広い部屋の中心にまるで浮かんでいるように見えるスペースだった。ぼんやりと薄紫の光に照らされたそこ が、どうやらバトルフィールドらしい。その中心にマツバが立っているのが見えた。隣にもう一つシルエットがあるので、おそらくその人物が昨日言っていた彼 の友人なのだろう。この部屋は薄暗いためどんな人物かはノボリたちのいる位置からは見えなかった。

「で…どうやってあそこまで行くの?」

 ぽつりとクダリが呟く。
  その言葉に誰もが同意した。ぱっと見、バトルフィールドへの道は見受けられない。フィールドの四方は奈落の様な暗闇がぽっかりと口を開けていて、一歩踏み 出そうものなら吸い込まれてしまいそうだった。つまり、落ちる。どれほど深さがあるのか知らないが、落ちればただでは済まない気がした。

「あの…マツバ様、これはどうすれば…」

 ノボリの言葉にマツバが照れ臭そうに笑った。

「いやぁ、実はここ、もともと挑戦者がジムトレーナーを勝ち抜くごとに足元の橋に灯りが燈る仕掛けなんだけど、今日何故だか調子が悪くてね」

 今はよく見えないだけでほんとはそこからここに橋が渡してあるんだよ、とマツバは語る。

「で?」

「そう!だから君たち二人にはどうにか頑張ってここまで来てほし…」

「むりむりむりむり!ぼくこんな所渡れる気がしない!怖い!」

 マツバの言葉を遮って、クダリがノボリへとしがみつく。奈落の様な暗闇を覗き込んで悲鳴を上げた。
 その後ろではエンジュジムのジムトレーナーが鉄道員たちに観客席はこちらです、とにこやかに案内していた。ボス頑張れー!応援シテマスー!とそれぞれ声援を残して移動を始めるが、彼らの声はもはや二人の耳には届いていない。

「で、ですがクダリ…ここを渡らない事にはあちらへ行けず、バトルもできませんよ…」

「そ、それはわかるけど、でも、むり」

 まるでノボリの様に唇を引き結び、クダリはノボリの袖を握りしめたまま不機嫌そうに唸る。
 その様子を見てため息をつきつつも、ノボリは駄目もとでマツバに問うてみた。

「あの、マツバ様、ここ以外にそちらへの道はないのですか?それにお二人はどうやってそちらへ…」

「うーん、ぼくらは慣れてしまっているし…でも万が一落ちても大丈夫だよ!挑戦者がよく落ちるから対策はばっちりなんだ!」

 自信満々にマツバは胸を張るが、正直なんの慰めにもならない。
 だがいつまでもこうしているわけにはいかないのも事実。ノボリは自分の腕にしがみついているクダリの服をちょいちょいと引っ張り名を呼ぶ。するとクダリは嫌そうに顔をしかめつつも渋々と言った様子で頷いた。

「行きますよクダリ」

「うっ…いいけど…絶対手離さないでよね」

「はいはい」

 どうやらジムに入ってすぐの所にある二体のポケモンの像の間が出発地点らしい。暗すぎて何も見えないが、足を踏み出せば確かにしっかりとした感触がある。
 これは意外と問題ないかもしれない。実際に渡してあるという橋は木造なのか、歩を進めれば木特有のぎしりという音が響いた。鳴る音を確かめながらいけばいいのである。つま先で先を確認しながら慎重に進む。
 半分程進んだ所で、これは大分時間のかかる作業だな、とノボリは思った。正直気を張りすぎて疲れてしまった。こんなに神経を使う徒歩など始めての事であ る。そもそもジムリーダーというのは何故こうも来訪者に対して精神的に優しくないのだろうか。カミツレのジムもそうだが、あそこは彼女に会いに行くたびに 毎回ジェットコースターに乗らねばならないのが苦痛だった。クダリはそれを楽しんでいる様だがノボリは常々狂気の沙汰だと思っている。ジムリーダーの趣味 はわからない、と日々電車の車内でバトルしている己のことは棚に上げて、ノボリは内心一人ごちた。
 しかしそんなことを考えていたのがいけなかった。

「ノボリ!」

 クダリが叫んだ時には時既に遅し。
 ノボリは何もない虚空へと足を踏み出し、ずるり、と奈落に飲まれるように呆気なく橋の下へ下へと落下を始めた。問題無いと笑うマツバの言葉が頭をよぎる。その為か然程慌てはしなかったが、それよりも耳元の絶叫が気になった。

「…なんでクダリまで落ちてるんですか」

「だ、だって!ノボリ落ちてくし!」

 そう言って怖さ故か目に涙を浮かべて半泣きになるクダリ。ノボリ的解釈によると、どうやら腕を掴んでいたせいで、一緒に引きずられてしまったらしい。とっさに手を離すことはできなかったようだ。
 と、どこからか強い風が吹き込み、二人はあまりの風圧に咄嗟に目をつむる。次いで耳元で楽しそうなケケケケという笑い声が聞こえた。ぐん、と上に思い切り引っ張られるような感覚の後、気がつけば次の瞬間には先程通り抜けたポケモン像の間に立っていた。

「は…?え?」

「これはこれは…」

 マツバが言っていた問題無いというのはこういうことかと二人は合点する。おそらくあの奈落のような暗い底には、彼のゴーストタイプのポケモンたちが居着いているのだろう。今の現象もサイコキネシスやテレポートの類いに違いない。

 しかし二人にとって問題はそこではなかった。

「また最初からじゃん!」

「私疲れました」

 がくりと肩を落としうなだれるも、こうなってしまっては仕方が無い。とにかく対岸へ渡らないことにはどうにもならないのである。
 人畜無害に見えて客人にも容赦のないマツバを恨めしく思った。そもそも道がわかるのなら最初から二人を誘導してくれれば良いのだ。だがそんなつもりは無いらしく、フィールドの中央あたりで友人らしき人物と談笑しているのが見える。正直、その姿がとても恨めしい。

「仕方ありません。ほらクダリ、行きますよ!」

「ええええ!嫌だよ!もういっそマツバに迎えにきてもらおうよ!」

「しかしどちらにしろもう一度ここを渡ることには変わりありませんよ?」

「うっ…」


 しばしの沈黙。どうしても渡りたくないクダリは他の方法が無いものかと頭を働かせるが、その間に待ちくたびれたノボリが一人歩き出すのが見えて慌てて腰に抱きついた。

「ちょ!置いてかないでぇぇええ!」

 ずるずるとクダリを引きする形で数歩歩いた後にノボリは振り向いた。

「…なら行くしかありませんよ」

「うう…」

 と、そこでクダリはノボリのホルスターに目を止めた。途端、きらりと目を輝かせる。

「最初からこうすれば良かった!」

 6つあるボールの内の一つを勝手に外し、ノボリの静止も聞かずにクダリはそれを宙へと放った。閃光が迸り、現れたのは紫炎を揺らめかせるシルエット。いつ見ても美しいその炎は仄暗いこの部屋の中ではとてもよく映えて、より一層美しく見えた。

「しゃぁん?」

 誰が自分を出したか分かっているのか、クダリに向けてどうしたの?というようにノボリのシャンデラは体を斜めに傾けた。

「ぼくらをあっちまで連れてって!」

 いつもの調子を取り戻したクダリが対岸を指差しながらにっこりと微笑むと、シャンデラは良いのかと了承を求めるようにノボリを見た。

「なるほど、それはナイスアイデアですね。シャンデラ、私からもお願いします」

 そう言い終わると同時、二人の体がシャンデラのサイコキネシスでふわりと浮かび上がる。
クダリははぁ、とため息をついた。

「もっと早くに気がつけばよかった」

「それには私も同感です。これは盲点でした」

「というかバトルに誘っておいてあと自分で来いってどういうことなの…なんかちょっとカミツレ思い出したよ、ジムリーダーってみんなこうなのかな」

「もしかして、いつも挑戦者が来るのを待つ側ですから待ち癖でもついてしまってるのではないですか?」

「何その癖!初めて聞いた!ノボリってたまに変なこと思いつくよね!待ち癖…ふはっ!」

  余程ツボにはまったらしく、宙に浮かんだまま悶えるクダリ。まったく落ち着く気配のない様子にノボリはしばらくすると、クダリと同じ暗灰色の双眸を細め た。フィールドに着くと同時にシャンデラに視線を投げてよこす。言葉にするでもなく正しく主人の意図を理解した彼女はこくりと頷くと何の前触れもなくクダ リを地面へと落とした。
 急なことに、クダリは受け身もとれず地面に転がった。

「いったー!なにすんのノボリ!」

 ひらりとすぐ隣に降り立ちながら、ノボリはつんとそっぽを向いた。

「笑いすぎです!」

「ご、ごめ…!けほっけほっ!」

「大丈夫ですか?」

  そう言ってこちらを覗き込んでくるのは、トウコやトウヤと同じ年の頃であろう女の子だった。赤いリボンの付いたキャスケット帽をかぶり、その下から二つに 結いた髪が左右からちょこんと跳ねている。シャツは七分丈の赤でデニムの短パンを履いていた。おそらく手持ちなのだろうマリルが、彼女の足首を掴んでこち らを不思議そうに見上げている。
 クダリは呼吸を整えるとにこりと微笑んだ。

「大丈夫、ありがとう!君は?」

 女の子ははっとして、ノボリとクダリに向かってぺこりと頭を下げた。

「私はワカバタウンのコトネ!今日はよろしくお願いします!」

 と、いうことは?とノボリとクダリは顔を見合わせた。

「ええ、彼女が友人のコトネです。挑戦者として来たのが最初だったんですが、彼女は筋がよくてね。最近はよくバトルの相手をしてもらってるんです」

 ジムリーダーとフリーのバトルで張れるくらいの腕があるようだ。トレーナーというのはいつでも見た目からはその腕が想像できない。
 しばらくじっとコトネの事を眺めていたクダリだったが、にっこりと満面の笑みを浮かべて手を差し出した。

「ぼくライモンシティのクダリ!よろしくね!」

「同じくノボリです。こちらこそ今日はよろしくお願いします」
 

 そう言って互いに挨拶を交わす。そしてクダリは思い出したようにあっ、と声を上げた。

「その前にひとつ」

 クダリはマツバにつかつかと歩み寄ると、何の前触れもなく思い切り頭突きをかました。

「げっふぁ!」

 マツバは額を抑えて悶絶した。

「すっごく怖かったんだからね!」

「ほらぁ。そうですよマツバさん!だから迎えに行きましょうって言ったじゃないですか」

 ノボリはそんなやりとりに苦笑いしつつもマツバを労ってやった。

「大丈夫ですか?クダリの頭突きは高威力ですから」

「ええ大丈夫です。すみません。次にあなた方が来る時には直しておきますね」

 額を抑えつつもにこりと返すマツバにもう次回の話かい!と思いつつ、ノボリは表面上はにこやかにそうしてくださると助かります、と答えた。この人はどこかずれている、と思ったがそんなことはおくびにも出さない。

「…マツバってなんかちょっとずれてるよね」

 一瞬自分の思っていることが口をついて出てしまったかとびくりとしたが、どうやら隣にいた片割れの言だということに気づいて反射的に勢いよく頭をしばいた。

「ちょ…!本人を目の前にして言うことですか」

「いった!なにすんのノボリ!」

「あ!やっぱりそう思います?私も思ってたんですよ!」

 しかしそう嬉しそうに返したのはコトネで、当のマツバもその隣で笑っている。

「いやぁ、親友にもよく言われるんだよね」

 はは、と頭をかく姿にノボリはなんだかもう帰りたくなってきた、と疲れた笑みを浮かべるしかなかった。










「なぁ、あの人らいつになったらバトル始めるん」

 クラウドはひとりごちた。
観客席にて待ちぼうけを食らっていた一同は頷く。このジムに来てからすでに30分が経っていた。
 カズマサは席に凭れて寝ていた。

2013/12/04

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