【瞼裏の祈り】
その日もFriskは、いつもと変わらない学校生活を過ごした。けれど一つだけ違ったのは、帰りに迎えに来てくれたのが、いつものスケルトン兄弟ではなく、Undyneだったことだ。彼女はFriskを見つけると、足早に歩み寄り、さっとその手を掴んだ。
「Undyne?」
Friskは不安げにUndyneを見やる。
「Sansが倒れた」
Friskは驚きに目を見開いた。
「地下にあるAlphysの研究所で倒れたんだ。倒れたのは今回が初めてではないと彼女は言っていたが、どうも様子がおかしい。お前も一緒に来てくれ」
普段は何に対しても自信家なUndyneだが、そうFriskに伝える彼女の表情はどこか心もとない。その表情に、Friskもつられて不安になる。こくりと頷くと、彼女はFriskの手を引いて走り始めた。そうして道を駆けながら、UndyneはFriskに説明する。
「AlphysからSansが倒れたと連絡を受けてな。私が家へ運んだんだ。いつもはSansの体調が良くなるまで研究所で適当に放っておくらしいだが、今回はひどい熱で、苦しみ方が普通じゃない。正直、その…あの時は死んじまうんじゃないかって思ったくらいだ」
Undyneの「死」と言う言葉に、Friskは繋いでいる手をぎゅう、と握り締めた。
もし、Sansが死んでしまったら?彼女の言葉を反芻するようにそんな考えが瞬時に脳内を駆け巡り、以前の時間軸での出来事を思い出す。疲れから動かなくなった彼の体。ナイフを振りかぶる自らの腕。切り裂かれたパーカー。そして何より、彼を切りつけたときのあの感触。自分ではなかったとは言え、あの時の事を思うと足がすくむ。
Friskは自分でも血の気が引いていくのがわかって、それにCharaがため息をついたような気がした。
「ああ!すまないFrisk!そう心配するな!Sansは大丈夫だ!Papyrusに世話を頼んでから大分落ち着いたんだ!今は家で寝ている頃だろう!」
Friskの青白くなった顔を見てUndyneが慌てて取り繕ったが、今更そう言われてもSansが心配な事には変わりない。Friskは一刻も早く家へ行きたかった。けれどFriskは、なぜだかUndyneがスケルトン兄弟の家とは反対方向へ向かっているのに気付いた。
「あ、Undyne…!」
「なんだ!?」
「はっ…Sansたちの家、こっちじゃな…い…!」
息も絶え絶えにFriskが声を上げると、Undyneは首を振った。
「いや、こっちでいいんだ」
「?」
「言ったろ?あー、少しは落ち着いたとは言えSansの様子がおかしいって。だから地下の研究所に近かったSnowdinの家の方へあいつを運んだんだ。まあ、Alphysの提案だったんだけどな。そこなら時間もかからないし、研究所よりかはゆっくりできるだろ」
Undyneの言う事にFriskは納得した。確かに地下にある彼らの家には、持っていくのが面倒だからと家具の一式がそのまま残っているため生活には困らない。けれど、ということはつまり…
「い、今からEbott山に行くの?」
未だにあの地下世界へは足を運ぶ者達がいるため、昔に比べれば道はずいぶんと整備され、とても歩きやすくなった。とは言えそれが山である事に変わりは無い。Friskもよく通っている方ではあるが、そこからさらにSnowdinまでともなると、その道のりは推して知るべし、だ。
さすがにしばらく走り続けて足は疲れ、息が切れてきた。急ぎたいとは言えこれでは先に自分が死ぬ。酸欠になりそうだ。
落ちてきたFriskのペースにUndyneが振り返る。
「遅いぞFrisk!こんなところでへばってどうする!」
そう声を上げるUndyneに、Friskも負けじと叫び返す。
「でも…!は、はぁっ…!さすがに限度があるよUndyne!」
最早徒歩にまで走る速度が落ち込んだFriskに、Undyneが立ち止まった。その隙にとしゃがみこみ、Friskは上がった息を整える。幼い頃散々遊んでもらった時もそうだったが、彼女の体力にはついて行けたためしがない。
と、急に体が宙に浮いた。
「へ?」
見れば、UndyneがFriskを脇に抱え上げたところだった。
「Undyne?」
「ふふふふふ!最初からこうすればよかったな!」
Friskが不安げにUndyneを見上げると、彼女は得意げににやりと口元を上げた。首をごきりと鳴らし、Friskを抱える腕に力を込める。次いで、何の前触れも無く走り出した。
「NGAHHHHHHHHHH!」
「わああああああああ!」
すさまじいスピードに、髪が煽られ、風圧で目には涙が浮かぶ。スケルトン兄弟の家へ着く頃には、自分の方が死んでいるかもしれないと、Friskは思った。
――――――――――――
Undyneのすさまじい脚力により、普段なら、学校からSnowdinにあるスケルトン兄弟の家までは一時間半ほどかかる時間がその半分程で済んだ。彼女はノックも無しにFriskを抱えたままドアを蹴り破り、リビングに足を踏み入れるなり「Sansは!」と叫ぶ。ドアに鍵がかかってなくてよかった、とFriskは思った。もう住まなくなったとはいえ普段は鍵をかけていたはずだから、Undyneの帰りを見越してのことだろう。
Undyneの声を聞きつけたのか、Alphysが慌てて駆け寄ってきて彼女の足をばしばしと叩く。
「しー!Undyne!し、静かにして!」
そう言ってリビングのソファを指し示し、彼女自身はUndyneが開け放したままのドアを静かに閉めに行った。Friskは抱えられていたUndyneの腕からするりと抜け出して、なるべく足音を立てないようにと気をつけながら、ソファへと走り寄る。心配そうにソファの前に膝をついているPapyrusの背に、そっと声をかけた。
「Papyrus、Sansは?」
Papyrusは無言で少しだけずれて、場所を空けてくれた。Friskはそんな彼の横にゆっくりと膝をつく。ソファで眠るSansの顔はとても穏やかとは言えず、いつも笑っているようなその顔は、今は苦悶の表情を浮かべていた。スケルトンの体の原理はよくわからないが、額には玉の様な汗が浮かんでいる。Papyrusは手にしていたタオルで、そっとそれを拭ってやった。
「いつもよりよくなさそうなのだ」
彼は悲しそうに呟いて、タオルを握り締めたまま、じっとSansの顔を見つめる。
「いつもなら倒れても、次に目が覚めるまでただ普通に寝ているだけなのだ。けど今回は、こんなに体が熱くなってしまって、スケルトンだから温度の変化など関係ないはずなのに、とても寒そうにしている。それに時々、Sansは俺様の名前を呼ぶのだ。俺様はここにいるというのに、どこにもいないみたいに、ずっと俺様を探している」
Friskはその言葉に、はっと息を飲む。Sansは、あの“最悪の時”のことを覚えている?
思案するFriskを余所に、UndyneとAlphysもやってきて、彼女の隣から会話に加わった。
「ああ、それに私が最初に着いた時にはまだ意識はあったものの、それも朦朧としていてな。その時は今のようにPapyrusと、そう、あとFrisk、お前の名前も呼んでいたぞ」
「ボクを?」
「そうだ。すまないと、そればかり言ってたな。お前、Sansに謝られるような事でもされたのか?」
Friskはそれに静かに首を振り、次いで首を傾げた。Sansは何も悪い事などしていない。むしろ謝るべきは彼女の方で、彼には多少なりともセーブとロード、決意の力の事で恨まれているはずだ。少なくともFriskはそう思っていた。彼にとっては違うのだろうか?
「Papyrus、あなた、そ、そろそろ少し休んだ方がいいんじゃない?こ、ここへ来てからSansに付きっきりじゃない」
AlphysはPapyrusを気遣うようにそっと声をかけた。けれど彼は、その言葉に首を振る。
「ダメなのだ。兄弟には、俺様がついていないとダメなのだ。あまり俺様が長く離れると、Sansはひどくうなされる。ひどい時には、魔法も暴走するのだ」
「ま、魔法が?そ、そんなこと、今まで聞いたことないわ…」
AlphysはPapyrusの言葉に驚愕の表情を浮かべ、不安そうにSansを見やった。
「そもそもSansは魔法を使えるのか?私はそいつが魔法を使ったところは一度も見たことが無いぞ」
モンスターの身体は魔力で構成されている、と言われている。けれど実際、だからと言ってモンスターの全てが魔法を使えるわけではない。更に、より強力な魔法を使えるのはPapyrusやUndyneを初めとする一部のボスモンスターたちだけだ。
Undyneの問いに、Papyrusはちらりと一度Sansへと視線を向け、再びFriskたちの方へと向き直って口を開いた。
「全部は教えられないが、Sansは、俺様と同じ魔法が使えるのだ」
「へえ、そりゃ知らなかったな。さすが兄弟」
友人の知らない一面を知れたことが嬉しいのか、Undyneは楽しげに笑う。けれどPapyrusの表情は珍しく固いままだ。
「だが、俺様よりずっと強い」
その言葉に、Undyneも笑うのを止めた。修行に付き合っている分、Papyrusの実力も把握している。ボスモンスターとしては、彼が申し分ない実力の持ち主である事を彼女は知っているのだ。そのPapyrusよりも、Sansは強いのだという。
「ならなぜ今までその力を我々に貸してはくれなかったんだ」
Undyneの言葉には僅かながらに怒気が含まれていた。彼女は地下世界にいた頃の事を言っているのだろう。それに対して、Papyrusは悲しそうに首を振った。
「制限があるのだ」
「制限?」
「兄弟の魔法は確かに強いんだが、その分体によくない。体力も無いのだ。もしバトルフィールド内で敵からたった一撃でも受ければ死んでしまうし、そう長くは戦えない。ただ魔法を使うだけにしても、連発すればすぐに疲れてしまうのだ」
だからSansには魔法を使ってほしくないのだとPapyrusは静かに言って、この事はSans本人には秘密にして欲しいとUndyneに伝えた。それにはさすがに彼女もしっかりと頷いて、Alphysは既にその事を知っていたのか、話を聞いている間もずっと無言だった。
Papyrusはいつもどこかとぼけているような、ともすれば少々阿呆とも言えるような立ち振る舞いをするけれど、その実とても賢いのだということをFriskは知っている。いつも、陰ながら自分たちを支えてくれているのだ。SansとPapyrusの関係性を見ていると、それがとてもよくわかる。
Sansはいつも、多くを語らない。悩みも、大切な事も、自分の体調の事でさえ、彼はそうそう口にしない。全ては彼の采配次第で、こちらが共に抱えたいと思っているとしてもSansは多くの場合、それを良しとしない。けれどもPapyrusの言葉は別だった。多少の事にも耳を傾けてくれる。Papyrus自身もそれがわかっていて、素直に彼に注意する事もあれば、それとなく誘導してやる事もあった。もしかしたら本人は無自覚でやっている事なのかもしれないが、とんだ策士だ。Friskはそんな姿に、なんだかんだで根っこの部分は似ている兄弟だなと思う。
FriskはSansに目を向けた。彼は先程と変わらず苦しそうにソファへと身体を横たえたまま、一向に目覚める気配はない。寝ているだけだと言うのは分かっている。けれどもしこのまま、ずっと目覚めなかったら?そんな考えがどうしても頭を過ってしまう。
「あ…は…ぅぐ」
突如、Sansが顔を歪め、呻き声を上げた。一同はそれにぎょっとする。FriskはこんなSansを初めて目にするが、一目でそれがとても異常であることは窺えた。いつものパーカーの上から胸の辺りを掻き毟るように握り締めている。内臓は一切無いはずだから、痛むとすればそれはソウルか、もしくは今は無い“あの時”の傷なのだろうか。
「うぅ……が、は…ぁ…Papy…rus…」
「Sans!どうしたんだ!俺様はここだぞ!」
Papyrusは慌ててSansに言葉をかけるが反応が無い。苦しげに呻くだけだ。
「も、もしうなされているなら起こした方がいいわ!」
Alphysの言葉にPapyrusは頷いて、Sansの名前を呼びながら彼の肩を揺すった。Undyneも彼に倣って、すかさず声を上げる。
「Sans!Sans!起きるのだ!Sans!」
「おい!Sans!目を覚ませ!」
そんな様子を、Friskはただ見ていることしかできない。Sansに声をかけるのが怖かった。Papyrusがいない、これを連想させるのは、あの時間軸だけだ。彼は、本当は全て覚えていたのだろうか。もしそうならば、これは全て自分のせいだ。彼を苦しめているのは、彼の幸せを願ったはずの、他ならぬ自分のせいなのだ。皆が幸せになれる道を探して、何度も地下世界を渡り歩いた。けれどそれが彼を苦しめていたというならば、それはなんという皮肉だろうか。
しかし自らを責める声を、内から響く別の声がかき消した。
(そんなわけないじゃん)
ばっかだなぁ、と彼女は声を上げて笑う。
(Chara…)
唐突に降った、Friskにだけ聞こえるその声は、Charaのものだ。いつもは鳴りをひそめていて大人しいけれど、Friskが激しく動揺していたり、弱っていたりすると彼女はそれに惹かれるようにやってくる。いや、やってくるというのは少々語弊があるかもしれない。なぜなら彼女は”ずっと最初から“一緒にいたのだから。
(君は悪くない)
そう言う彼女は不機嫌そうだ。まだ地下世界にいた頃、彼女とはだいぶ喧嘩もした。と言っても彼女は、どんな原理かは知らないがソウルだけFriskの身体に居座っている状態で肉体が無い為、脳内で交わす口喧嘩のみだったが。
(僕は、後悔なんてしてないしね)
あの時間軸に。そうCharaは言う。今でこそ意思の疎通ができるが、出会った当初、つまりFriskが地下世界へと落ちたばかりの頃はひどいものだった。何度も様々な時間軸を過ごす内に、こうしてCharaと言葉を交わすようにはなったものの、初め彼女は憎しみの塊のような存在で、全く話など通じなかった。Friskが感じ取れた、彼女の流れ込んでくる感情も、この世界への憎しみと呪詛ばかりで宥めるのにもだいぶ苦労したものだ。けれど何度も何度も、繰り返す時間軸の中でFriskの選び取る道が慈悲に溢れたものだったから、それにCharaも根負けしたように、いつからか大人しくFriskに付き従うようになった。呆れながらも、少しばかり過保護になって。
そう。CharaはなぜだかFriskに絶対の信頼を置いている。彼女はあまり多くを語らないから理由はわからない。けれど彼女に気に入られたのだと言う事は理解できた。そんな中で、彼女はどうやらSansの事がお気に召さなかったらしい。周回を重ねるたびに彼女は不機嫌になってゆき、仕舞いには精神的にも少々疲れて油断していた隙に身体の主導権を奪われてしまった。
いくらCharaがFriskに対して友好的な態度を取るようになったとはいえ、彼女は時折、出会ったばかりの頃のような残虐な一面を見せる。Friskの身体を得たときの彼女は、それが顕著だった。主導権を取り戻そうと必死に抵抗はしたものの、Friskのそれを上回るほどに彼女の決意は固く、Friskは彼女が友人たちを屠ってゆくのをただ見ていることしかできなかった。毎回その手を白く汚したその後には、彼女は決まってこう言った。
(いい気味だ)
そしてまた、Charaはあの時と同じ言葉を繰り返す。
(ほら見てよFrisk!いい気味だ!ずっと君の事を見て見ぬ振りをしていたクソ骨は、今やあのザマだよ!)
ふん、と鼻を鳴らすと、彼女はFriskのソウルに寄り添って、そっと囁く。
(ねえ、いっそあの時みたいに僕が…)
「やめて…!」
Friskは叫んで、Charaの言葉を遮断するように頭を抱えてその場に蹲った。いやいやするように頭を振る。
突然声を上げたFriskに、一同は何事かと彼女を振り返った。だから気付かなかった。ゆらりと起き上がったSansが、どこかおかしかったことに。
(おやおや)
Charaだけがそれに気付いて、愉快そうにその口角を上げた。
――――――――――――
一番初めに異変に気付いたのは、Undyneだった。
「Frisk!避けろ!」
「…え?」
「クソ…!」
咄嗟に反応できず、ただぽかんとしているFriskの首根っこを引っ掴んで、バックステップを踏みながらUndyneが自身の方へと引き寄せる。間一髪。Friskがいた箇所に無数の骨が突き刺さった。
一拍遅れてAlphysが悲鳴を上げ、PapyrusがSansを振り返る。顔を上げたSansの瞳はどこか虚ろだ。
「Sans!?」
「ぐ、は、ぁ…はぁ…」
「Sans!動いちゃダメだぞ!ましてや魔法を使うだなんて!そもそもFriskにあたったらどうするのだ!」
Papyrusの言葉に、ぴくりとSansが反応する。
「ぁ…Fri…sk…」
「そうだ!俺様たちの親友だ!」
「……せ」
「Sans?」
「が…は、Friskを……返せえぇぇぇええ…!!」
途端、Sansの左目が青くその色を変え、その身を中心に魔力が渦巻く。そして間を置かず周囲に骨を呼び出すと、何の躊躇いも無くFriskへ向けて打ち込んだ。
「チッ…!」
それには再びUndyneがFriskを抱え込んで飛び退る。そのまま床を転がって、扉へと体当たりをして外へと転げ出た。背後で、テーブルが砕ける音が聞こえる。
「言ってる事とやってる事がむちゃくちゃだぞあいつは…!」
Friskを抱えたまま顔を上げたUndyneの前に、瞬間移動したSansが現れる。そうしてゆらりと左手を上げるとそのまま払うように動かして、魔法でUndyneだけを投げ飛ばした。雪の上を転がって、Undyneは雪を巻き上げながら数メートル先で止まった。
「なっ…!」
「Undyne…!」
Friskは慌てて起き上がるが、瞬間、辺りがバトルフィールドへとその姿を変える。そうして、Friskのソウルが身体から引きずり出された。
「!」
Friskは、目の前に立つSansを見る。色の濃い疲労と苦痛を滲ませて、右手で変わらず服の上から胸元を握り締めている。
「は…ぁ……ぐっ…」
「Sans…」
その瞳はFriskに向けられつつも、彼女を見てはいないように見えた。
FriskとUndyneの後を追ってやってきたPapyrusとAlphysが、展開されたバトルフィールドに愕然とする。
「Sans…!止めるのだ…!」
「Papyrus!入ってきちゃダメ!」
バトルフィールドへ踏み込んでこようとするPapyrusに、Friskは慌てて制止の声を上げた。モンスターの防御力は本人の敵対心に左右される。Sansが相手では、下手をすればPapyrusもただではすまない。
そのやり取りを合図に、Sansが攻撃を仕掛けてきた。パターンは”あの時“と同じ。けれど体調のせいか、それよりもいくばくか速度が遅い。襲い来る骨を、Friskはなんとか避けきった。
(Frisk、代わって。僕がやる)
内から、苛立ったCharaの声が響いた。
(ダメだよChara!Sansをどうしようっていうのさ!)
(もちろん!Friskに牙なんか向けてくるクソ骨なんかには仕置きだよ!)
正直、身体能力と瞬発力に関してはCharaの方が高い。加えてSansとの戦闘に関しては、内から見ていただけのFriskとは違って彼女の方が攻撃パターンを把握できている。勝つということを目的としたならば彼女に任せた方が有利だ。けれどFriskは勝ちたいわけではない。
(絶対ダメ!Sansは…!Sansはボクが止める!ボクが!止めなきゃいけないんだ!)
Friskは決意を抱く。Sansに、こんな苦しみを味あわせてしまったのは自分のせいだ。ならば、それは自分でどうにかしなければ。
Sansは、苦しげに顔を歪めながらも攻撃の手を緩めない。もともと体調が良くないのだ。長く戦闘を続けては彼の身がもたない。止めるにしても急ぐ必要があった。
「Fri…sk…」
Sansは、攻撃の合間に、熱に浮かされたようにFriskの名を呼んだ。そうして、返せと口にする。Friskは地面から流れ行く骨を飛んで避けながら、どういうことかと首をひねった。連続した攻撃に、汗が頬を伝う。
(そうか……あいつ…僕に気付いてたんだ)
(Chara?)
(あいつは…今たぶん意識なんて無いままだよ、熱に浮かされたままさ。それで僕と戦った時のことを夢に見てうなされてるんだ)
おそらくあの時、あの廊下で、戦いながらFriskの中に別の何かを見出したんだろう。誰なのかまでは把握していないだろうが、あのクソ骨には、Friskではないと分かったんだ。
(しょうがない。それで及第点にしといてあげるか)
(Chara…!?)
Friskの足を貫こうとした骨を、Charaは無理やり身体の主導権を一時的に奪って回避する。
(避けるのは僕がやる)
Charaは自嘲した。自分もずいぶんと甘くなったものだ。
(あと三ターンだ。それまでにあいつのところまで行かないと、あのクソ骨、死ぬよ)
三ターン後には、Sansはブラスターを放ってくる。あれを今の彼に撃たせれば、彼は自らの魔法に耐え切れずに自滅するだろう。
(僕が避ける。だからFrisk、君はいけると思ったらあいつのところまで走るんだ。いいね?)
いつになく真剣な声に、Friskはこくりと頷いた。
(わかった)
そしてそれが合図だったかのように、Sansの攻撃が激化した。
「うわっ!」
ソウルが青く染まる。それだけに留まらず、Sansが振り抜く手の動きに合わせて身体が宙を舞った。
「F…Frisk!」
その先の着地点にあるものに気付いたAlphysが叫ぶ。ずらりと並んだ骨。けれどCharaはタイミングをうまくずらして骨が地面へ引っ込んだ隙にうまく足から着地し、またすぐに飛び上がった。家の壁、林の木、そして地面と、ソウルを振り回される度、タイミングを合わせてそんな動作を数度繰り返す。
「ぐ…ぁ…」
対してSansは自らの攻撃の度に、胸元を押さえて呻き声を上げた。身体を取り巻く魔法の渦が、炎のように揺らめいた。思っていたよりも、Sansの消耗が激しい。
CharaはSansの攻撃を軽々と避けつつも内心焦っていた。正直なところ彼のことは良く思っていない。事の顛末をそれとなく把握しながらも、Friskを傍観することに徹した彼をCharaは未だ赦せないでいる。それでもFriskは、モンスター皆を、彼を救いたいのだと言って、ここまで走り続けてきた。慈悲に溢れた彼女の道筋をずっと一緒に辿ってきた。そして自分が成し得なかった未来を、ここまで繋げてくれたのだ。そんな彼女の思いを守りたい。それに、Frisk自身が気付いていないが、彼に寄せる想いも。
CharaはFriskの身体を得た時間軸での最期を思い出す。Sansを殺し、やることもあらかた終えてしまったあとに主導権を取り返したFriskは、リセットに手を伸ばすでもなく、何のためらいも無く自らの命に幕を引いた。どうやら自分では覚えていないようで、結果として主導権が戻ったことに首をかしげながらもロードからリセットという手順を踏む事になったのだが、あの時のFriskにはCharaでさえ肝を冷やした。そもそもあの時間軸での出来事については、記憶が無いとは言え何度もFriskに襲い掛かってくる彼女の言う”友人“とやらに腹が立ち、一度くらい痛い目を見てみればいいと思っての事だった。けれどもう、あの時のようなFriskは見たくない。
それに、Sansは彼なりに、ちゃんとFriskを見ていたのだ。それがわかったから、少し多めに見てやろうとCharaは思った。
何よりFriskの幸せのために。その為にもあいつを死なせるわけにはいかなくなった。
あと二ターン。Charaは避ける事にひたすら集中した。早く隙を見つけて走り出さなければならない。けれどこの期に及んでSansの攻撃は鋭さを増し、気を抜けばこちらが命を落としかねない。今のFriskに“LOVE”は無い。直撃を受ければただではすまないことは明白だった。となればこちらが動き出せる瞬間は一度だけ。
(Frisk)
(何?)
(この後に続く攻撃で、あいつのペースが崩れなければ、僕らが掴めるチャンスは一度だけだ。わかる?)
(Sansが…ブラスターを展開する瞬間…)
(そう。そこしかない)
あと一ターン。Charaは骨の弾幕を全て避けきった。瞬間、すぐにFriskへと主導権を返す。
(Frisk!)
「うん!」
Friskは一直線にSansに向かって走った。攻撃の直後の隙と、ブラスターを召喚する僅かな時間。Sansの元へと辿り着くには十分に思えた。しかし…
「Frisk!後ろだ!」
「え?」
Undyneの声にFriskが振り返るより早く、矢のように射出された骨がFriskの右腕を掠めた。
「うぁ…!」
Friskはわずかによろめく。けれどその足は止まらない。止まれない。前からも襲い来る骨を、身体を反らしてなんとか避ける。そして視線を戻したその先で。
Sansの両脇にブラスターが控えていた。
「Frisk…………っぐ…かは…」
先程までSansの周りで渦巻いていた魔法の渦はいつの間にか消えている。Friskは両サイドのブラスターに魔力が集められているのを感じ、次いでSansが咳き込み、片手で口元を押さえつつも、その端から溢れた魔力が零れ落ちるのを見た。無情にも、側に控えるブラスターがその口を開ける。
「Sans!ダメえぇぇぇえええええ!」
ほんの数メートルが、間に合わない。
瞬間、辺りに硬いものを砕く破壊音が響いた。同時に、Sansのブラスターが霧散する。その直前にFriskが視界に捉えたのは、見慣れた骨と、青く煌く槍の軌跡。
Friskには、振り向かなくても分かった。
『Frisk!』
呼び声を追い風に、Friskは地面を蹴る。
「Sans!」
両手を広げて、自分と同じ背丈の小さなスケルトンに飛びついた。
勢いあまって、二人して雪の上を転がる。同時に、バトルフィールドが崩れ去った。
「Sans」
「Fri…sk……Frisk…なのか?」
「そうだよ」
Friskは呟いて、自分の上にぐったりと体重を預けるSansの身体を抱きこんだ。骨だけの身体は、Friskでも問題なく抱えていられるほどに軽い。Sansの顔は見えない。上がる息を整えつつ目を瞑って、すぐ横の頭蓋に頬を寄せる。するとSansは身じろぎして、嗚咽を漏らした。
「Frisk……すまない…」
一瞬、Sansが正気に戻ったのかとも思ったが、Friskは黙って耳を傾ける。彼はきっと、まだあの悪夢から抜け出せていないのだろう。
「お前さんを…守ってやれなかった……僕は、いつだって監視役で…その間に、お前さんは違うヤツになっちまった…優しい、何度繰り返そうと慈悲の道しか選んでこなかったお前さんに“友達”を殺させちまった。それに気付くのが、遅すぎた」
Friskは静かに、宥めるようにSansの頭をぽんぽんと叩く。
「いいんだよ、ボクは、大丈夫」
彼を抱きしめる腕に力を込めた。
「ボクにとっては、Sansが、ボクのことをちゃんと見ていてくれてるって、それだけで救いだったんだ。途中から、なんとなくSansが別の時間軸のことを覚えてるってわかった時も、ボクにとってはそれだけで十分だったんだよ」
Sansは、恐る恐るFriskの背に手を回して、彼女を抱きしめ返した。
「ボクが歩いた道を、ボク以外が覚えてくれてるんだって、それだけで、すごく、救われてたんだ。それに、謝るべきはボクの方だよSans。ボクのエゴで、セーブもロードもリセットも、たくさん使った。それにキミが苦しんでるって知らなかったなんて、言い訳はしないよ。だから、ごめん。いっぱい苦しめてごめんね、Sans…!」
最後の方はFriskも嗚咽交じりになってしまって、涙が瞳から溢れた。Friskが頬を寄せていたSansの頬も、彼女の涙で濡れる。
「…なら、これはお互い様、だな。泣くなよ、ガキんちょ」
「うっ。な、泣いてないもん!Sansこそ泣いてるでしょ!」
「heh…どうだかな」
Sansが弱々しくも、いつもの笑みを零す気配がして、Friskもつられて笑った。
「…迷惑、かけたな」
「そんなことないよ」
「いや、情けないとこ…見せちまった」
「そうかな?」
Friskとしては普段なかなか本心を見せてくれないSansが、素直に話してくれたことが嬉しかった。
「僕が、目が覚めたら…お前さんと、皆、で…Grillby'sに…行……」
Sansはしゃべり始めたかと思うと、それきり静かになってしまう。
「Sans!?」
Friskは不安になり、慌てて起き上がるとSansの様子を確認する。すると、SansはFriskの肩に頭を預けて穏やかに眠っていた。念のためSansを抱きしめたまま耳を済ませると、とくり、とくりとソウルの鼓動が聞こえてくる。それにやっと安心して、Friskは涙を拭うと彼を落とさないように気をつけながら、抱っこの状態でしっかりと抱えて立ち上がった。同じ背丈とはいえSansは軽く、Frisk一人でも抱え上げるのは容易だった。しっかりと雪を踏みしめて、ずっと二人を待ってくれていた友人たちのところへと向かう。
「心配かけてごめんね」
Friskが口を開くと、それと同時にUndyneが力強くその背を叩いた。
「いったぁ…!!」
「心配したんだからな!無茶だぞお前は!」
憤るUndyneを横からAlphysが宥める。
「ま、まあまあ、とりあえずは、け、結果オーライとしましょうよ、二人とも無事なのだし」
まあ私も、今回ばかりは肝が冷えたけれど。Alphysはそう一言付け足して、先程骨が掠ったFriskの右腕を撫でた。
「いっ…!」
「これはあとで治療するわよ」
にっこりと笑ったAlphysは少し怖かった。
Papyrusはというと、一連のやり取りが落ち着くまで静かだったのだが、Friskと目が合うと堰を切ったように泣き出した。
「NYEEEEEEEE!!!Friskも!Sansも!無事でよかった!俺様…!俺様!二人がいなくなったらどうしようかと…!」
PapyrusはSansごとFriskを抱きしめて、Undyneが引き剥がすまでわんわんと声を上げて泣いた。彼にしてみれば、下手をすれば兄弟と親友を相打ちという最悪の形で亡くすところだったのだ。その恐怖を思って、Friskは改めて友人たちに対して申し訳なさでいっぱいになった。もう心配をかけるようなことはしないようにしようと固く心に誓った。
そうして改めて、部屋に戻ってFriskの腕の治療と、Sansを休ませようという話になり、全員で再びスケルトン兄弟の家へと足を向ける。その際にPapyrusが、すっかり寝こけてしまったSansをFriskから預かろうとしたのだが、Sansは最後に彼女を抱きしめてから服をずっと握り締めたままだったようで、一向に離す気配が無く引き剥がす事ができなかった。結局、そのままFriskがSansを連れて行くことになって、それにはUndyneが大笑いした。
Undyneがお茶を入れに台所へと消え、Papyrusは木っ端微塵になったテーブルの片付け、FriskはSansを抱えたままソファに座ってAlphysの手当てを受けた。
「でもほんとに、貴方たちが無事でよかったわ」
「ごめんなさい…」
Alphysはほっと息を吐いて、Friskの右腕の袖を捲り上げる。多少の血は滲んでいるものの、傷はそう深くない。これならば跡も残らないだろう。Alphysは布に消毒液をこれでもかと垂らし、次いでFriskの傷口へと遠慮なく押し当てた。
「いっ……!?」
Friskはそれに声にならない悲鳴を上げる。思わずSansにしがみついた。
「これくらいはがまんしないと。それに、私も少しは怒ってるんだから」
「うっ、だからごめんってAlphys…」
「あなたたちは何も語らなさすぎよ。それぞれ何か思うところがあるのはわかるけれど、もう少し私たちを頼ってくれてもいいんじゃない?結果としてあなたたちがこうなってしまう方が、私たちにとっては迷惑だわ」
いつもおどおどとしているAlphysには珍しく、はっきりとした言葉だった。Friskは顔を上げて、Alphysの瞳を見据えた。仲間思いの、きれいで、優しい瞳だった。
「わかった。約束するよ。ちゃんとSansとも話して、Sansからも約束させる。ボクたちはもう、無茶はしない。ちゃんと皆を頼るよ」
Friskはしっかりと答えた。
「あっ、で、でも!二人がどうしても言えないと思ったことには無理にとは言わないわ!だ、だから、さ、最低限!二人はちゃんと意思の疎通を計るのよ!」
Alphysは我に返ったのか、厳しく言い過ぎてしまったことに慌てて付け加えたけれど、Friskはきちんと自分たちを叱ってくれた彼女の言葉が嬉しかった。Sansが起きたら、自分たちのあの旅路について話し合おうとFriskは決めた。
それからAlphysは、先程傷口に押さえつけた布を剥がし、傷口を確認すると頷いた。
「き、傷は浅いから、このまま乾かした方がいいわ。ほ、包帯とか、下手に巻くと肌に張り付いちゃうの」
「わかった。ありがとうAlphys!」
Friskの言葉に、Alphysは優しく微笑んだ。
「Alphys!お茶はどこへ置いたらいい!」
「い、今場所をあけるわ!」
台所からお茶の準備ができたらしいUndyneの声が聞こえ、Alphysはそれに答えて急いで台所へと駆けていく。その姿を目で追いながらFriskはソファにもたれ、ゆっくりと目を閉じた。
(Chara?)
話しかけてみるが、返事はない。彼女はいつもきまぐれだ。もしかしたら、聞こえてさえいないのかもしれない。それでもFriskは彼女を思って、そっと一言口にした。
(ありがとう)
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Friskが、気がついたときには辺りはすでに夜だった。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。まだ意識があったはずの時にはソファの上にいたはずだが、どうやら今はどこかのベッドに寝かされているようだった。そろりと起き上がると、かけてあった布団がずり落ち、またぱたりと何かがベッドの上に落ちた。暗闇に目を凝らし、目が慣れてきたところでそれがSansの腕だと気付く。
今自分がいるのは、どうやらSansの部屋のベッドらしい。シーツまでマットレスに敷かれていることから、きっとPapyrusが整えてくれたのだろう。その上、移動する頃になってもSansが離れず、結局そのまま一緒にベッドまで運んでくれたに違いない。
Friskは自分の状況を把握すると、Sansの手をつぶさないように気をつけて再びぱたりとベッドへと沈み込んだ。布団を自分たちにかけなおす。そうしてFriskの方を向いて穏やかに眠るSansの顔を見つめた。
無事でよかった。
Friskはそっと、Sansが自らの体下にしてしまっていた方の手を両手で包み込む。指で、細く伸びる指先をなぞると、包んでいた片手を彼の手に絡ませた。ちゃんと生きている。それだけで、思わず頬が緩んだ。もっとぬくもりを感じていたくて、Sansの胸に顔を埋めた。
数分後、静かな寝息が部屋に響く。それを確認して、Sansはゆっくりと目を開いた。
「まったく。お前さんもずいぶんと無茶をする」
Sansは苦笑して、二人して雪の中に倒れ込み、ごめんねと繰り返し涙していたFriskの姿を思い出す。空いているほうの手で、二人の隙間を埋めるように抱き寄せた。後頭部に手を添えると、亜麻色の髪にそっと自らの額を祈るように押し当てる。
「ありがとう」
星の見えない地下世界にも、希望はあった。
2016/08/24