【こがらし】
「さんむーい!」
電車を降りて、あまりの寒さにトウコは反射的に顔をマフラーに埋めた。手はピーコートのポケットへ突っ込み、足早に学校へと向かう。
その日は大寒波だった。スカートの先から伸びる足が痛いくらいに冷たい。いっそ下にジャージをはいてしまいたいくらいだ。高校が禁止しているからはかないけれど。冬なんか通り越してさっさと春が来ればいいのに、とトウコは思う。この季節になると布団から出るのも億劫で、ここんところ定時に起きれた記憶がない。いつもトウヤに起こしてくれと頼んではいるものの、それも効を為さない。あまりに寝起きが悪いので、すっかり呆れられている。今日だって本来なら一緒に家を出るはずだったのに、トウコが寝坊したためトウヤは先にいってしまった。当然のことながら、トウコは遅刻である。
しかし人が少ないのはいい。通学時間だと混雑がひどく、歩くのが億劫な通学路もこの時間だと同じ学校の学生はほとんどいない。付属の幼稚園児が親と一緒に登園している姿がちらほらとある程度だ。
子供がひしと親に抱きついてる姿を見て、トウコはいいなぁと一人ごちた。暖かそうである。
「私もガッコ着いたらN先輩にもふもふさせてもらお…」
あのもっさりとした緑の髪を思い浮かべて、そう心に決めた。気持ち歩くスピードを早める。
しかし、つと聞こえた可愛らしい声に、トウコはすぐに歩調を緩めた。そして声の主たちと並ぶようにしてちらりと視線をそちらへ向ける。
「トゥルルル!トゥルルル!」
「まもなく、でんしゃがはっしゃいたします!きいろいせんの、うちがわまでおさがりくださいまし!」
双子だろうか、同じ姿をした二人の園児が、仲良く手を繋いで電車ごっこをしている。
「トゥルルル!トゥルルル!」
「トゥルルル!トゥルルル!」
二人して電車の発車音を真似する姿は可愛らしいが、正直言って朝からやかましい。
それを知ってか知らずか、二人の後ろを歩いていた母親らしき女性が「ノボリ、クダリ、しーっ」と名を呼びながら彼らを諭す。すると二人は互いに顔を見合わせて、ぷしゅうぅぅうと同時に呟く。そうして歩みも止めたので、後ろの母親からもほっとしたような雰囲気が伝わってきたのだが、
「がたん!」
「ごとーん!」
と、いきなり走り出した二人にはとっさに反応できなかったようだった。
なるほど。さっきのはドアが閉まる音だったというわけか。トウコは思わずくすりと笑った。
「はぁ…」
ため息をこぼした彼らの母親に向けて、トウコはつい声をかけていた。
「可愛らしいお子さんですね」
急に声をかけられたことにとっさに反応できなかったのか、ぱちくりと目をしばたかせた後、彼女はふわりと笑った。
「ありがとう。朝から煩くてごめんなさいね」
「いえいえ、とんでもない!ほっこりしちゃいました。あ、呼び止めちゃった私が言うのもなんですが追いかけなくて大丈夫なんですか?」
「ええ、あの先には横断歩道と踏み切りがあるから」
「あ。そっか」
学園への門の手前には横断歩道があり、それに垂直になるように小さな踏み切りが一つある。そのため、学園専属の警備員が交通整備を行っていた。一度踏み切りが上がると車が通行するために横断歩道が渡れなくなってしまい、これに引っ掛かってトウコは何度か遅刻した経験がある。電車がなかなか通過しないので車の流れが止まらないのである。
先ほどの双子ちゃんも車に行く手を阻まれて、警備員と一緒におとなしく待っているようだった。
「いつもこうなのよ」
「なるほど」
そうして二人して双子の様子を見守りつつくすりと笑った。
「あの年頃って、兄弟がいると楽しいですよね。私も双子なんですが、二人でやんちゃしてよく親を困らせてました。」
「あら、じゃあおそろいね。今日はご兄弟は?」
「弟はさっさと学校に行っちゃいました。私今日遅刻なんです。今から行ったら、朝礼は間に合わなくって…一限からです…」
お恥ずかしながら。そう言ってトウコはえへへと頭をかく。
「あらあら、うちとは逆ね。兄のノボリは寝起きがいいのだけれど、弟のクダリがいつもなかなか起きなくて大変なのよ」
「心中お察しします…」
そうこうしているうちに横断歩道までやってきて、二人は双子に追い付いた。母親と話していたトウコを遠目から見ていたのだろう、双子の内の一人が首を傾げて問うた。
「おねえちゃんだぁれ?」
その言葉に、母親がめっ、とたしなめる。
「クダリ、面と向かっては失礼よ。あなたたち二人の先輩です」
トウコはどうして同じ学園だとわかったのだろうと聞きかけて、鞄に縫い付けられた校章を思い出した。
「こんにちは!」
母親に問いかけていない方の子がまずトウコに挨拶し、次いで相方の袖をくいくいと引っ張った。
「クダリ、ごあいさつ」
その言葉にはっとした、クダリと呼ばれた子はぺこりと頭を下げた。
「こんにちは…!」
ということはしっかり者の方がノボリくんか、とトウコは一人会得した。よく見れば、瓜二つの双子でも違いは自ずと見えてくる。
そんな二人ににっこりと笑いかけ、
「こんにちは」
とトウコも挨拶を返した。
「電車すきなんだねー」
そう声をかければ、二人の顔がぱっと輝く。
「あのね、ぼくたち、大きくなったらしゃそうしゃ…!しゃしゅ…んぅ」
「しゃしょうさんになりたいんです!」
途中でつっかかってしまったクダリの言葉をノボリが引き継いだ。それに対して、鼻の頭を赤くしたクダリがこくこくと頷く。
「へぇー、そうなんだ。なれるといいねぇ」
彼らの様子が可愛らしくてにこりと返せば、少し照れたように二人はえへへと笑った。
そのあと、不意にノボリがトウコの鞄を指して言う。
「あ。ポカブ!」
確かに、トウコの鞄にはポカブのキーホルダーが付いている。
「おねえちゃん、ポケモンすきなの?」
続けてそう問うクダリの言葉に、むしろこちらが嬉しくなった。つい声がはずむ。
「うん、好きだよー!ゲームもやってるよ!」
「ほんと!じゃあさじゃあさ!こんどぼくたちとたいせんしようよ!」
「きょうはようちえんがあるからもってきてないんです」
「うんうん、そりゃあ幼稚園には持ってきちゃダメだよ」
自分はちゃっかり鞄に入れて持ち歩いているが、善良な園児にはそんなこと言わない。
「二人は何バージョン持ってるの?」
「ぼく白!」
「黒です!」
おねえちゃんは?と問われて黒、と答える。
「でも双子の弟は白だよ。いつも通信してるの」
それにはノボリとクダリも驚いたようだった。自分たち以外に双子に会ったことなどなかったのだろう。へえぇ、と珍しそうに声を上げた。
「じゃあおねえちゃんのきょうだいもいっしょにマルチバトルしようよ!」
「4にんだとぴったりです!」
きゃっきゃと喜ぶ二人に小指を差し出されてトウコはきょとんとした。
「やくそく!」
「ゆびきりです!」
そう宣言されて、なるほどと納得しつつ、二人の勢いにくすりと笑いながら自らの小指を新たに絡めた。
「うーそついたらはりせんぼんのーます!」
ぶんぶんと腕を振り始めるクダリに、ノボリとトウコは痛い痛いと笑う。
「「「ゆーびきった!!」」」
寒空の下、園の門の前で三人の声が響いた。
幼稚園の門をくぐる二人に手を振りながら、トウコは足早に歩き出す。それから上機嫌にスキップを始めたところで、遠くから一限目の始まるチャイムが聞こえてきた。
「あちゃー」
同じ敷地内にあるとはいえ、幼稚園より高等部校舎は奥にあるため今いる所からではまだ距離がある。よいしょと鞄を抱え直すと、緩む頬はそのままに、トウコは勢いよく駆け出した。冷たく向かい来る風なんて、ちっとも気にならなかった。
小さな友人たちのこと、トウヤになんて話そうか。