【世界は灰色】
バトルサブウェイでテロが起きた。
そのニュースは、前代未聞の事件としてイッシュ地方を震撼させた。なんでも、ポケモンを戦わせることをよく思わない謎の一派が、ギアステーションに爆弾を持ち込んだという話であった。
ターゲットはバトルサブウェイをまとめあげる存在でもあるサブウェイマスター二人。 犯人たちは、マルチトレインに乗り込むと爆弾を手に突っ込んでいったという。所謂自爆テロだ。
また――
トウコはそこまで読んだところで新聞記事を机に叩きつけた。
トウコの反対側に座っていたトウヤはその様子にもなんの反応も示さずに、ただじっと座っていた。
「どうして!?なんでよっ…!!」
そうしてトウコはそのまま泣き崩れてしまった。わんわんと声をあげて泣きじゃくる。
トウヤは椅子に座ったまま、無表情に冷めた目でトウコが叩きつけた新聞紙を睨みつけた。人間、本当に怒っているときには表情がなくなるのかもしれない。
記事の先にはこうあった。
―また、サブウェイマスターは意識不明の重態。現在某病院にて治療中である。
二つ並ぶベッドの周りに、二人の鉄道員が小さな丸椅子を並べて並んで腰かけていた。
医者は先程、やれるだけのことはやったと言って病室を出ていった。あとは本人たちの回復力次第だという。しかし医者の口調から、その望みさえ薄いということも二人には感じ取れた。
ベッドに横たわる二人の包帯姿の、なんと痛々しいことか。いつもきびきびと働いていた姿が遠い昔のことのように思えた。二人同じに蒼白な顔をして病院の寝間着を来ているその姿は、もはやノボリとクダリ、どちらがどちらなのか全くわからなかった。
病室に響く心電図の音だけが、二人がかろうじて生きていることを知らせていた。あるいはそれは、刻一刻と迫る命のカウントダウンだったのかもしれない。
事件から一週間がたった。あれから毎日の様に鉄道員の二人はノボリとクダリの見舞いに来ていた。社内でも二人との接点が割合に多かったからである。
あまり多くを語らず、身内がいるのかどうかもわからないノボリとクダリの付添人として、彼ら二人は上司二人の世話をすることを名乗り出た。以来、医者から容態を聞いたり、マスコミの対応をしたりとそれなりに忙しい日々を送っていた。
また当然のようにバトルサブウェイは休館中である。二人がこのような状態になってしまった今、復旧できるかどうかも怪しいところであった。
もう無理なのではないかと色々な意味で諦めていた頃、事態は急変した。
いつものように二人がノボリとクダリのベッド脇で片付けをしたり、見舞品の整理などを行っていると、ベッドの方で動く気配があった。
それにいち早く気づいたクラウドがそちらへと目を向けると、二人の内の片割れが目を覚ましたところであった。
焦点の会わない瞳が天井の辺りをさ迷う。
「…ボス!」
クラウドが呼べば、彼はゆるゆるとこちらを向いて瞬いた。シンゲンも、彼が目覚めたことに気づいて恐る恐るといった様子でクラウドのとなりにとんでくる。
「ここ…は…」
きょろりと周りを見渡しながらそう問うた彼に向かって答えようとして、しかしてクラウドはその先の言葉を続けることができなかった。
それは突然だった。彼は隣のベッドに横たわる片割れを目にした瞬間、文字通り発狂した。
意味不明なことを叫び、点滴が、心電図の電極が剥がれるのも構わずに己の半身に触れようと手を伸ばす。しかし立ち上がるほどに回復していなかったその足は彼を床へと横転させた。
点滴が倒れる音で我に返ったクラウドが、シンゲンへと指示をとばす。
「はよ!ナースコール!!」
「ハ、ハイ!」
ほどなくして彼は看護師たちに鎮静剤を討たれ、再びベッドへと沈んだ。元通りに直された点滴と心電図が、再び規則的な音を刻む。
「ドウシテ、ボスハアンナニモサケンダンデショウ…」
もう一人のボスは隣にいたというのに。そういってシンゲンは首を傾げる。
「さぁな…。大方、あの痛々しい姿に堪えられんかったんやないか?」
そう遠くないうちに、二人はその理由を知ることになった。
ボスが死んだ。
あれから、ほんの二日後のことだ。一度も目を冷まさなかった方の彼が、その命に幕を引いた。病室に鳴り響く心電図の音が、痛いくらいだった。今思えば、一度目を覚ました時に一人が発狂したのは死期を悟っていたからだったのかもしれない。
結局ノボリとクダリ、どちらが息を引き取ったのかはわからないままに彼は逝ってしまった。
そして、まるで入れ替わるように残った方の彼が目を覚ました。もうあばれることもなかった。
二人のサブウェイマスターの内一人が逝ってしまった。その事実にバトルサブウェイ中の誰もが涙したが一人でも生き残ったことには少なからず喜んだ。
よくぞ生きて、とまたギアステーションに姿を表すことを待ち望んだ。
しかしそのときには、誰もある変化には気づいていなかった。いや、知らなかったのだ。
最初に異変に気づいたのはクラウドだった。
目覚めてから、あまり話さなかった上司が口を開くようになってきたときのことである。
「いろいろ、心配をおかけました。ありがとうございます。」
口を開いて、上司二人を識別するに値するほどの長さのある文章がそれだった。それを聞いて、いえ、そんなことは、と返しながら残ったのはノボリの方であったかと認識する。
しかし次に彼の口から出た言葉に彼は困惑した。
「迷惑かけちゃったぶん、がんばって働かないとね!」
まるで二人が一つの体に同居しているような、そんな錯覚に陥った。
時間が経てば治るだろうかと淡い希望を抱いてはみたものの、彼が退院してバトルサブウェイに戻ると、それはエスカレートする一方であった。
「見てみて!クラウド!爆発の時にコートが使い物にならなくなったから新しいの注文したんだ!」
そう言ってにっこりと笑う彼。
その彼がほら、と広げて見せたコートの色は灰色だった。
「…ボス、白と黒のは、どうしはったんや。」
クラウドの言葉を聞いて彼はきょとりと首を傾げる。
「まぁ、それも迷ったのですが、わたくしたちにはこちらのが良いかと思いまして。」
「………ボス、ひとつ聞いてもええか。」
「どうしました?」
「逝ったのは…結局どっちやったんや?」
「さあ?どっちだろ?」
新しく届いたグレーのコートに袖をとおしながら彼は答えた。
「わたくしもクダリも、ここにいるわけですから。」
「ぼくもノボリもここにいる、それでいいじゃない。」
そう続けて言いながら、これまた新品の帽子の具合を確かめるようにぐいと被った。
「……ボスは…。」
(それでええのか?)
『マルチトレイン、挑戦者です。準備をよろしくお願いします。』
クラウドは続く言葉を胸のうちに飲み込んだ。
「さっそくですか。新しいコートもお披露目ですね。」
「ね!誰かな!強いかな!」
そう言って軽い足取りで部屋を出ていく“二人”をクラウドは静かに見送った。
「わたくしサブウェイマスターのノボリと申します!片側に控えるは、同じくサブウェイマスターのクダリです。さてマルチバトル、お互いの弱点をカバーし合 うのか、はたまた圧倒的な攻撃力を見せるのか、どのように戦われるのか楽しみでございますがあなたさまとパートナーとの息がぴたりと合わない限り、勝利す るのは難しいでしょう。ではクダリ、何かございましたらどうぞ!」
「ルールを守って安全運転!ダイヤを守って皆さんスマイル!指さし確認準備オッケー!目指すは勝利!出発進行!」
対峙するトウコとトウヤの表情が、苦痛に歪んだ。
果たして逝ったのはどちらだったか、“二人”にとってはそんなことはさしたる問題ではなかった。
今日もトレインは通常運転。高みを目指して乗り込むトレーナーたちをサブウェイマスターが迎え撃つ。ただ以前と違ったのは、ダブルであろうとシングルであろうと、どちらも出会えるサブウェイマスターは同じ人物一人。たったそれだけのこと。